三食作りたいんだよね
朝、鳴り響く目覚まし時計の音を手を伸ばして枕もとの時計を止める。
「朝か……まだ早いな」
寝ぼけ眼をこすりながら二段ベッドの下を見るとそこに哲也の姿は無い。
今日の朝飯は哲也の当番だったことを思い出して再び枕に倒れ込む銀次だったが、木が軋む音がしてドアが開かれる。
「……」
哲也が戻って来たのかと考え、目を閉じたままの銀次。昨日の会議と焼肉は中々にハードだったと思い返す。ソラの『尽くしたがり』で癒されてはいるが、せっかくの休みだもう少しだけ眠ってもいいだろう。
そう思って目を閉じていたのだが、瞼越しに影が落ちるのを感じる。
「ん? ……テツ?」
うっすら目を開けると、十五センチの距離で真ん丸のヘーゼルアイがこちらを覗いていた。
「……」
「……」
たっぷり十秒ほど見つめ合う。茶色の中に微かな緑の色合いが混じる瞳を見て、あぁ綺麗だなと寝ぼけた頭で見惚れているが徐々に頭が覚醒してきた。
「…………ソラ?」
「おはよう、銀次」
「おわっ! 何してんだ!」
ガバりと跳び起きて壁際まで下がる銀次。二段ベッドにかけられた梯子に足をかけて上半身を乗り出すソラ。少し照れくさそうに銀次に笑いかけた。
「昨日言ったじゃん。お腹に優しいご飯を作るって、せっかくだから寝顔を見ようと思ったのに……起きちゃった」
「心臓に悪いぜ。あと、梯子から落ちんなよ」
「しっかりした梯子だから大丈夫だよ。朝ごはん、もうできているから着替えておいでよ」
「おう」
「あっ、銀次。寝ぐせついてる、こっち来て」
「そりゃ寝起きだからな。どこだ?」
壁際からソラの所へ寄ってきた銀次はそっと引きよられて、頬に柔らかな感触を感じる。
「……なんかホテルの時を思い出すね……おはようのキスは健康にいいらしいのです」
舌をペロリと出してそう言ったソラは梯子を降りる。
「どんな健康法だよ」
「銀次が可愛いのが悪い。ご飯、出来ているから着替えておいでよ」
「おう……それと、おはようソラっ」
「うんっ!」
照れを隠し切れずに顔を背ける銀次を置いて部屋を出たソラも顔は耳まで真っ赤だった。
扉が閉まっているのを確認して顔を手で隠しながらしゃがみこむ
「お、思ったより恥ずかしかった……うぅ」
別にキスをするつもりはなかったけど、寝顔を見ているとつい触れたくなったのだ。
銀次の前だと大胆になれるのに、振り返ると恥ずかしい。でも、止めれない。
「だって、大好きだし。将来を約束しているし、別にこれくらい、ふ、普通だよ。うんっ!」
脳内老師(つけ髭スズ)が手と首を横に振っている気がするが無視しよう。
手うちわで自分を扇ぎながら、居間にいくとソラが用意した朝食を哲也が運んでいた。
「テツ君。ボクが運ぶよ」
「いえ、今日は俺が当番だったんで……これくらいはさせてください」
日曜だというのに、身だしなみもしっかりと整えた哲也は中学生には到底見えない。
銀次もそうだが、桃井兄弟はどこか大人びて見えた。
あれ? ボクの方が年上だよね。と不安を覚えるソラである。
「おっす。テツもおはよう」
シャツに短パンというラフな格好で銀次が出てくる。
「兄貴、遅い。夏休み気分が残ってんじゃない? 遅寝すると癖になるよ」
「その通りだな。気を付けるぜ、二人共飯の準備悪いな。というか、起こしてくれれば手伝ったんだけどな。めっちゃいい匂いがするぜ」
「俺はソラ先輩が作ったのを運んだだけだから。座りなよ」
食卓の中央には鉄瓶が置かれ、茶わん蒸しに鯛と薬味が乗ったご飯が用意されている。
「朝から凝ってんな。いい匂いだ……出汁か?」
「胃に優しい料理ってことで、茶わん蒸しと鯛茶漬けだよ。出汁をかけて鯛の身はほぐして食べてね」
「いつから料理してたんだ?」
「え? そんな時間たってないよ。家で準備してから来たし30分くらいかな。テツ君が開けてくれて良かったよ」
「勉強ばっかだと鈍るからランニングしてたんで……それよりよりも兄貴……これ……」
茶碗蒸しの蓋を開けると、一切のスが入っていない綺麗な卵地が現れ特徴的な香りが立ち昇る。
「……松茸だな」
銀次と同じように蓋を開けた姿勢のまま哲也が無表情のまま困惑している。
「いい感じに小ぶりな松茸が手に入ったんだ。やっぱり茶碗蒸しは松茸仕立てだよね。胃にも優しいし」
急に出て来た高級食材に困惑する桃井兄弟を前に自信ありと胸を張るソラ。
「とりあえず。食うか、いただきます」
「……いただきます」
顔を見合わせた桃井兄弟は同時に茶碗蒸しを口に入れる。
「……」
銀次は思わず目を閉じ、哲也は無表情のままプルプルと震えていた。
「すっげぇ、旨い。朝からこんなもん食べていいのか不安になるぜ。見ろソラ、テツが本気で感動しているぞ。これは相当レアだ」
「あっ、これ感動しているんだ。良かった。茶碗蒸しは久しぶりに作ったから不安だったんだ。お茶漬けもどうぞ」
牡丹の紋様に持ち手は銀加工がされた鉄瓶をゆっくりと傾けて出汁が注がれる。
茶碗蒸しの松茸の香りを押しのけない程度の優しい柚の香りがぷぅんと薫った。
「どうぞ、召し上がれ」
口に入れる前にもう一度香りを堪能してからゆっくりと茶碗を口に入れて米と出汁、そして鯛の白身を口に入れる。出汁は小細工無しの真っすぐな昆布出汁。優しい味わいに塩味はほとんどないのに旨味がしっかりとのっていた。思わずため息がでる絶品の鯛茶漬けである。
「本当に旨い。ありがとなソラ。つーか、朝来るなら教えてくれよ。俺も料理手伝ったのに」
「いつもお弁当や昼ご飯ばかりだったから、たまには朝ごはんも作りたかったんだ。今日は三食全部、ボクが作るからね」
目をキラキラさせて宣言する銀次は頬をポリポリと掻く。
「それは……嬉しいけどよ。これ、松茸だの鯛だの値段はいったいどうなって……」
「あっ、食後のお茶を準備してくるねっ」
露骨に誤魔化して台所へ引っ込むソラ。ここまでしてくれた相手にいつものツッコミを入れるのもヤボだと、深くは追及せず今日はありがたく『尽くしたがり』を受けることにした銀次である。
「……ごちそうさま」
「食べるの速いな」
「……本当に美味しかった」
松茸の茶碗蒸しがそうとうお気に召したようだ。ソラが台所から戻って来る。
「あっ、テツ君。食器はボクが洗うから置いといて」
「いえ、本来は俺が朝当番だったんで洗います。それと、美味しかったです。兄貴は幸せ者です」
「ブハッ、テツ。急に何を……」
「……思ったことを言っただけ。じゃあ、俺は勉強しに図書館行くんでこれで」
「ありがと。銀次はボクが幸せにするからねっ」
できる弟テツ、朝食の礼だとでも言わんばかりにそそくさと食器を洗って家を後にする。
しばらく遅れてから銀次とソラは気を遣われたことに気づくのだった。
次回は月曜日更新です! 余裕があれば追加で更新するかもしれません。
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