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エッセイ書いたんだよ!  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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『野獣死すべし』〜ぼくのくろれきし〜

 高校の時、私はひどい状態でした。

 とはいっても、盗んだバイクで走り出したり校舎の窓ガラスを叩き割ったりしていたわけではありません。私は、そうした暴れん坊とは完全に真逆の存在でした。

 当時、私は自分以外のほとんどの人間をバカと決めつけ、友人たちと「世の中バカばっかりだよ」などと言っていたのです。

 かといって、何かに打ち込むわけでもなく……世の中の全てのものに憎しみを抱きつつも、何も出来ずに悶々とした日々を送っていました。

 そんなある日、私は偶然『野獣死すべし』という本に出会ったのです。




 この『野獣死すべし』という作品は、ハードボイルド作家として名高い故・大薮春彦先生のデビュー作です。文庫版は様々なバージョンがあるようですが、基本的にはデビュー作の短編『野獣死すべし』と、その続編である『野獣死すべし 復讐編』の二部構成のようですね。

 この作品の主人公である伊達邦彦は、優れた頭脳と強靭な肉体を持った青年です。学生時代に様々な形の挫折を経験した邦彦は、世の中の全てを憎むアナーキストの道を歩み始めました。やがて彼は、犯罪を成し遂げることに生きる意味を見出だしていくのです――


 大薮春彦先生の代表ともいえるこの作品は、発表されると同時に話題になり、後に映画化もされました。

 この作品を読んだ当時、私はふてくされていました。底辺の工業高校に在籍し、周りは底辺にふさわしいバカばかり。しかも、バカなりの一途さがあればマシでしたが……こいつらは、本当にどうしようもないんですよ。詳しい話は『ヤンキーの実態』の章に書いた通りですが。

 ともかく、私は学校では、周りの人間をバカにしていました。しかし自分も客観的に見れば、そのバカの一人でしかありません。しかも、いずれは社会に出て生きていかなくてはならない……そうなったら、社会の歯車の一つになるわけです。

 私は、それがたまらなく嫌でした。社会の歯車として生きる……それが、果たして幸せなのだろうか? もっと自由に生きられないのか?

 そんなことを思いながらも、何も出来ずにいた私にとって、伊達邦彦という男の生き方は本当に眩しいものでした。私もこんな風に生きたいと願い、犯罪者という人種に憧れを抱くようになっていったのです。社会の仕組みから逸脱し、あらゆることから自由に生きられるのではないか、と。

 その後、本物の犯罪者たちと出会い、私は大いに幻滅することとなるのですが……それは、また別の話となります。




 私の凄まじいイタさはともかくとして、当時『野獣死すべし』が愛読書であったのは間違いありません。私は伊達邦彦の生き方に憧れ、さらに大薮作品を読んでいきます。

 この当時、私は他にも何作かの大薮作品を読みました。正直、タイトルも内容もあまり覚えていません。『血の〜』とか、『野獣の〜』といったタイトルだったと思います。

 ただ、一つだけはっきり覚えているのは……どれもこれも面白くない、という感想でした。

 大薮作品は、そのほとんどが「むちゃくちゃ強い主人公が悪さして人を撃ち殺して金奪って女とヤる」という一文で説明できてしまうんですよ。「んな上手くいくか」と言いたくなるツッコミ所も多々あり、私は数冊で飽きてしまいました……。

 もちろん『野獣死すべし』も、基本的にはそうした系統の作品ではあります。ただ他の作品と異なる点として、伊達邦彦がなにゆえに犯罪に手を染めていったのか……そのあたりが、きちんと描かれていたんですよ。

 幼い時から、数々の挫折を体験してきた邦彦。時の権力者を批判した機関誌を書きましたが、全て没収され校庭の真ん中で焼かれてしまいました。

 さらには最愛の恋人が邦彦との付き合いを両親に反対され、服毒自殺したのです。世の中に絶望した邦彦は、完全犯罪の計画を立てることで初めて己の生きる意味を見いだしました。

 しかし後の作品群には、そういった要素は皆無であったように思われます。もっとも、私も全ての作品を読んだわけではないので分かりませんが、大半の作品は上に挙げた一文で説明できます。

 これは結局、読者の側が単純なアンチヒーローが活躍する作品を望んでいたからでしょうね。暗くなるような展開や心理描写を極力避け、超人的な強さの主人公が大して苦労もせずに敵をバンバン撃ち殺して金を奪い、さらに大勢の女とヤりまくりハーレムを作る……こうして見ると、なろう作品の主人公そのものですね。いつの時代も、こういう主人公は人気があるようです。

 一応、大薮作品は銃や車に関する知識には確かなものがあるようです。それに、ラストで主人公が命を落とす作品も少なくありません。なので、なろう作品とはタイプは異なりますが……それでも、根底の部分で共通点はありますね。

 それはともかく、私には犯罪者に憧れるイタい時期がありました。ただ、その影響は未だに残っているな……と感じることもありますね。




 余談ですが、一九七九年に起きた三菱銀行人質事件の犯人である梅川昭美は、大薮作品の愛読者だったそうです。

 彼も大薮作品の主人公のごとく猟銃の免許を取得し、肉体を鍛えていたそうです。挙げ句に、銀行強盗という大それた犯罪をしでかし何人もの命を奪い、突入した警官によって射殺されました。

 誤解されては困るのですが、私は大薮作品が梅川の犯行の原因となった、などというつもりはありません。むしろ、ナントカに刃物という言葉の怖さをまざまざと感じますね。

 梅川は少年時代に、強盗殺人という重罪を犯していました。本来なら、死刑もしくは無期懲役のはずですが……梅川は当時、少年扱いのため数年で出所したのです。

 そんな人間が、なぜ猟銃の免許を取れたのか? これは明らかに、免許を発行した者のミスでしょうね。それはともかく、いずれ「なろう発ラノベが愛読書で、異世界に行きたくて死刑になるため罪を犯した」なんて奴が出てくるのでしょうか。

 いくらなんでも、そんなバカはいないだろうとは思いますが……心底から、そんな奴が現れないよう願いたいですね。







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