アシュラという作品
以前、私は「○○という作品を読めば、赤井さんの作品に足りないものが分かると思う」というメッセージをいただきました。で、早速その小説(ノクターンの作品です)を読んでみましたが、正直まったく面白いと思いませんでした。
その作品を評するなら、自身のぶちまけたゲロを他人に見せつけて「どうだ汚いだろう、これがリアルゲロだよ」と自慢しているかのような印象しかなかったのです。私の作品に何が足りないのか、まったく分かりませんでしたし。私の作品にはグロい描写が足りない、ということなのかもしれませんが……。
はっきり言えるのは、読み終えた感想としては、時間の無駄だったな……ということだけです。まあ、人それぞれの好みの問題かもしれませんが。
さて、今回はいつもとは趣向を変えまして……ジョージ秋山先生の『アシュラ』という名作マンガを紹介させていただきます。かつてはPTAから『悪書』として糾弾されたこのマンガですが……これは本当に凄い作品だと思うんですよ。
この『アシュラ』の舞台となるのは室町時代の日本だそうです。もっとも、時代ははっきりとは描かれていませんが。
死体が累々と並ぶ荒野の描写、この物語はスタートしています、ケケケケケと奇怪な笑い声を上げながら、転がっている死体(もちろん人間)を食べる女……実は、この女は赤子を宿していたのです。
やがて女は赤子を産み落とします。ところが、女には食べるものがありません。飢えは極限に達し、女は自分の赤子を火の中に投げ入れます……食べるために。ところが、そこで奇跡が起き、赤子は生き延びてしまいました。
その母親に食われそうになった少年こそ、本作品の主人公であるアシュラなのです。
客観的に見て、この作品の絵は上手いとはいえません。マンガというジャンルにおいては、ちょっと見逃せない欠点ですよね。また回想シーンも多いのですが、回想シーンと今リアルで起きている出来事との描き分けが下手です。そのため、たまに状況が把握できず混乱してしまうこともあります。
しかし、そういった部分を考慮しても……この作品は素晴らしいですね。
母親に食われかけ、一人で野獣のように生きる主人公アシュラ。彼は幼くして、山の中で逞しく生きぬいていました。人を殺し、その肉を食べる……そんな人の道を外れた行為にも、何のためらいもありません。小さな体でありながら、アシュラは恐ろしい少年として育っていました。
そんなアシュラの行動は、少年マンガの主人公にあるまじきものです。獣のごとき本能のみで人を襲い、殺し、食らいます……ただ生き延びるために。さらに、作中で彼は何度も叫びます。
「生まれてこない方がよかったギャア!」
そう、この時代は紛れもない地獄です。人が人を殺し、その肉を食らう……人肉を食らうのはアシュラとその母親だけではありません。自身の弟の肉を食らってしまった兄、飢えた家族の前で仰向けになり「私を食べてください」と言う母親などなど……この作品に登場する人間のほとんどが、歴史に語られることなく死んでいった名も無き人々です。
ただ勘違いされては困るのですが、この作品はそういった残虐描写による刺激が売りの作品ではありません。やがてアシュラの前に、一人の法師が現れます。法師は、野獣のように襲いかかるアシュラを叩きのめした後、彼に言葉を教えます。さらに、人としての道をも説いていくのです。
「人間の心の奥にはの、みんな獣が棲んでおる。どんな善人であろうと、獣になってしまう瞬間がある。しかしの、それを責めてはいかん。人間の哀しい部分じゃ……憐れと思え」
法師の説いた言葉の数々は、その後もアシュラの前に立ちはだかります。しかし、なおもアシュラは獣としての生き方をやめようとしません。人肉を食べることこそなくなったものの……その後も彼は村人を襲い、殺し、略奪します。しまいには、当時の権力の象徴とも言える存在であった地頭を殺し、溜め込んでいた食料を奪いました。
皮肉なことに、そんなアシュラの強さや野性的な生きざまは、底辺に生きる子供たちの心を掴んでいきます。あいつに付いて行けば、生き延びられるかもしれない……そんな思いから、アシュラの周囲に子供たちが付いて行くようになりました。獣として生きて来たはずのアシュラが、子供たちにとって最後の希望の星となったのです。
そしてアシュラは子供たちを率い、都を目指しますが……彼の前に、一人の女が現れます。その女こそが、アシュラの実の母親でした。かつて、生まれたばかりのアシュラを焼き殺し食べようとした女です。
「母親が子供を食う、こんなことが許されるはずがない。しかしの、アシュラ……それをしてしまう人間の性は、悲しむべきものなんじゃ。哀れで、哀れで、哀れで、悲しい……許してやれ、アシュラ」
法師の言葉が、アシュラの頭をよぎります。しかし、アシュラは母親を許すことが出来ません……。
この後の展開は、是非とも皆さんの目で見ていただきたいですね。アシュラと母親との再会で何が起きたのか、そしてラストの一コマの彼の表情とセリフ……これはまさに、獣としての性を乗り越え、人間となったアシュラの心が生み出したものでしょう。
ちなみに、このアシュラはアニメ化もされています。原作に比べればストーリーは簡略化されていますし、また変わっている部分もありますが、見ごたえはあるでしょう。少なくとも、私が読んだ前述の某作品よりは遥かにマシな感想が得られるものと思います。




