一度人を殺したら、「殺す」って選択肢が俺の生活に入り込むと思うんだ
一応、説明します。このタイトルの言葉は、『呪術廻戦』の主人公である虎杖悠仁のセリフです。これって、世の中の闇の部分に当てはまるケースがあまりにも多いのですよね。初めて聞いた時、作者のセンスを本当に凄いと思ってしまいました。
薬物依存症から回復を目指す患者の場合、生活が順調な時は問題ないのですよ。
しかし、ツイていないことが重なったり、理不尽な目に遭わされたり……自分は悪くない、なのに不快な目に遭う。生きていれば、こういう局面は必ず襲ってきます。
この時、「薬物」という選択肢がドーンと現れるのですよ。
「大変だったな。疲れたろ、今日くらいやっちゃえよ」
「ほら、そこにスマホあんだろ。調べてみろよ。売人すぐに見つかるぜ」
「なあに、今度はもっと上手くやればいい。そうすりゃ捕まんないよ」
そんな悪魔の囁きが聞こえてくるとか……この誘惑は、ある意味では拷問より辛いそうです。
一度、この選択肢が生じてしまうと、残りの人生において終わりのない戦いが待っているのです。
実際、かつてヤクザで薬物依存症だった人が、テレビのドキュメンタリーでこんなことを言っていました。
「はっきり言います。あんな気持ちいいもの、やめたくないですよ」
これこそが、偽らざる気持ちなんでしょうね。
このエッセイの百三十話『バールのようなもの』に登場したボヤッキーですが、彼から聞いた言葉で今も覚えているものがあります。
「物を手に入れるのに、金払うのがバカバカしくなる」
これも、窃盗という選択肢が生活に入り込んでしまった結果なんですよね。
最初は万引き、そして空き巣や侵入窃盗など……そんなことを繰り返しているうちに「物を買う」という当たり前の行為がバカバカしくなるのでしょうね。盗めばただなのに、なぜ金を払う? と。
世間一般から見れば、この方がよっぽど狂っています。また、社会全体を考えればマイナスでしかないのですよね。事実、度重なる万引きにより潰れた店もあると聞きます。
にもかかわらず、ボヤッキーのようなタイプは「金がもったいないから盗んじゃえ」となるわけです。
このボヤッキーが、仮に更生しようと決めたとします。ところが、店先で欲しい物を見かけました。しかし、金がない……こうなると、ボヤッキーの心には「盗む」という選択肢が頭をもたげてくるわけです。
普通の人には存在しないはずの、盗むという選択肢……しかも、ボヤッキーの場合は「これまでに窃盗を成功させている」という体験があります。その誘惑の強さは、一般人など比較にならないでしょう。
ただ、知っておいていただきたいことがあります。
過去に罪を犯した人は、犯罪へのハードルが低いことは間違いありません。しかし、地域ガチャで外れを引いてしまった人の場合、普通の人とは違い「成長する上で、犯罪を避けて通れない」ケースもあるということです。
このエッセイの二百六十八話『昭和生まれ氷河期世代の地域ガチャ』でも書きましたが、信号無視だの万引きだのやらないとダセー奴認定される……そんな地域は、少なからず存在します。ましてや「先輩の命令で、空き巣をさせられていた小学生」「ヤクザの事務所当番を手伝わされていた中学生」というようなことが起こりうる地域に生まれた場合、犯罪という選択肢が生活に入りこむのは、避けようがないのですよね。
では、どうすればいいか……という解決策については、私は何も言えません。当たり前の価値観を叩き込み、犯罪によって失うものの大きさを自覚することでしょうか。もっとも、失うものがなければ無意味なんですよね。
最後になりますが……世界を見渡せば、生存そのものが犯罪と隣り合わせであるような、より過酷な環境で育たざるを得ない人々も大勢います。彼らにとって、その『選択肢』はもはや生活の一部なのです。
誤解されては困りますが、犯罪を擁護するつもりはありません。また、外国人を差別するつもりもありません。ただ、そういう人たちが存在する、ということだけは知っておかねばなりません。




