私のかつての勤め先
先日、恐ろしいニュースを耳にしました。塗装会社の社長と社員の四人が、同僚の社員を線路に立ち入らせ自殺するように仕向けた疑いがある……というものです。
被害者は日頃より、社長らに暴行を受けたり、給料を取り上げられたりしていた……とも言われております。まだ捜査の段階ですが、本当だとしたら悲しくもやるせない話ですね。
ただ、こういった行為は……昭和の時代、日本のあちこちで行われていた可能性があるのですよね。
このエッセイのニ四一話『虐待とブラック企業と名もなき人たちの努力』の章でも書きましたが、昭和三十〜五十年代あたりには、本当にヤバい企業がいくらでもあったと聞きます。
特に、建築業界は最悪でした。山奥のタコ部屋に、履歴書一枚で雇った身元不明の社員たちを無理やりぶち込み生活させます。その環境は、刑務所よりひどかったとか。
当然ながら、社員間でのケンカやリンチは当たり前です。仮に死者が出ても、穴を掘って廃材と一緒に埋めて後は知らんぷり……そんな風に殺された人間が、かなりの数いたと言われています。
イジメもまた、当たり前のようにあったそうです。日当をもらっても、周りの者たちに取り上げられるのは日常風景だったとか。
こんな環境に嫌気がさして脱走を試みる、それも当然でしょう。しかし、こうしたタコ部屋は山の中にあります。現地の地理に詳しい者で、しかもサバイバルの知識もない限りは出られないのですよ。
結局、耐えられなくなり首を吊る……みたいな話も少なくなかったそうです。ところが、この自殺した遺体ですら廃材と一緒に埋めてしまったとか。理由は「警察に来られると面倒だから」だそうです。
事実かどうか疑わしい虐待話をSNSで披露し「親の同意なしに働けて、部屋も借りられるなんて本当に羨ましい。今もその時代が続いていたら、多くの虐待を受けている子どもが助かっていたと思う」なとと書いている方など、こんな環境では確実にやっていけないでしょうね。
さて、私は以前に寮付きの工場に勤めていました。このエッセイの二五四話『精神と塗り絵の部屋』の章に登場した工場です。履歴書を提出し、面接しただけ就職てきてしまいました。
が、これはとんてもない失敗てした。今から当時を振り返ると、よくもまあ無事でいられたな……と思います。
まず私は車に乗せられ、勤め先の工場に行きました。地名はあえて書きませんが、冬はものすごく寒い場所です。四月に雪が降っているのを見て、ぶったまげてしまったのを今も覚えています。
その後、寮に行きましたが……そこで、さっそく寮長にカマされたのです。その言葉は、今も覚えています。
「言っとくけど、ここはホテルじゃねえからな。自分のことは、自分できっちりやってくれよ。あとな、周りの連中とは上手くやってくれよな。でないと、マジ後悔することになるよ」
前腕にタトゥーの入った寮長に、入寮と同時にこんなことを言われたのです。この時点で、ようやくヤバい企業だと気付かされるわけなんですよね。
この職場であったことを詳しく書いていくと、それこそ十万文字を超えてしまうでしょう。なので、今回はほんの一部を箇条書きにて記しておきます。
◆工場を仕切り見回っている正社員が、全員ゴツい体育会系でした。特に「魔神ブウ」と「猪木」と陰で渾名を付けられていた二名は本当に危険で、契約社員を何人も病院送りにしたそうです。
ちなみに正社員は全員「さっさとやれやコラ」「何言ってんだ? 殺すぞ」みたいな口調でした。まあ、仲良くなると態度も変わってきたのですが……。
◆私が働き出して一週間ほどした頃、工場で契約社員同士がケンカを始めました。が、たまたまいた魔人ブウが両方とも叩きのめした挙げ句、どこかに引っ立てていきました。翌日、片方の契約社員が夜逃げしました。荷物の大半を、部屋に置いたままです。
ちなみに、その荷物は処分しました。寮長と古株の契約社員らが金目の物を分配し、あとは全て捨てました。
◆私のいた班には、アルファベットを読めない人がいました。また「百たす百は?」という問いに「うーんと、千」と真顔で答えるオッサンもいました。何度教えても、作業の手順が覚えられない人も相当数いました。
ちなみに作業の手順とは「AをBの形に加工して向きを揃え、一定の数になったらCの場所に持っていく」という、ごく単純なものです。
私は、こんな場所に四年ほど勤めておりました。大半の人が、一月もたずに夜逃げしていった中、よくもまあ続いたものだと思います。ただ、これは運が良かったからですね。
おまけで付け加えますと、拙作『格闘技、始めませんか?』の三〇一話『どっちが強い?』の冒頭に登場する場所が、この工場です。また話の中に、過去に大道塾空手をやっていたという人が登場していますが……その人こそが、前腕にタトゥーを入れた寮長です。
この寮長には気に入られ、仲良くなったのですが、その後にいろいろありまして……最終的に、寮長は逮捕されました。そのあたりの事情も、いずれ書くつもりです。




