異世界転生の面白さがわからないのは、現実の厳しさを知らない幸せな甘ちゃんだからだ! という意見
先日、Xにてこのようなポストを見ました。要約すると次の通りです。
「異世界転生の面白さがわからないのは幸せだからだ。私は就職氷河期を経験したが、大学の進路説明会にて『君たちに紹介できる就職先はありません』と言われた。また、就職活動にて倍率五十倍や百倍は珍しくなかった。そんな時代に社会に出たから、先になんの希望も持てなかった。そんな我々だからこそ『異世界転生! 危険だけど就職先がある! 生まれ変わった健康な体! ついでに特殊能力までついてきた! うおおやるぜ俺はやるぜ!』って気分になれるんだと思うし、それを軽い気持ちで笑わないでくれよとも思う」
読んだ時、私は苦笑しました。異世界転生が好きなことについて、とやかく言う気はないです。しかし、自身が大変な不幸を味わった……という根拠として挙げている事実が、あまりにも弱すぎるのではないかなと思いますね。
先日、私は心療内科に行きました。以前より私を悩ませていた様々な症状がひどくなってきたためです。
医師に向かい、私はいろいろな話をしました。その中には、このエッセイに登場した音楽教師のセダンやチンピラの与太郎やヤクザの小英のことなどもあります。
話を聞き終わった医師は、こう言いました。
「あなたは、PTSDを発症しています」
私は驚きました。そんな大袈裟な言葉が出てくると思わなかったからです。
しかし、医師は続けて言いました。
「あなたが今まで体験してきたことは、普通ではありません。PTSDを発症しうるに充分なものです。しばらくは、ここに通院してください」
かくして、私は心療内科に通院することとなりましたが……それと、冒頭にて紹介したポストと、何の関係があるのだ? と思う方もいるかもしれませんね。
実のところ、私もまた氷河期世代なのです。これまで様々な人間を見てきましたし、様々な体験をしてきました。知り合いのほとんどが、世の中の底辺で生きております。
また、連絡が取れなくなってしまった友人も多いです。その全員が、ヤバい世界に足を踏み入れてしまった人間なのです。
私の出た高校では、大学に進学した者などいません。当時の同級生のひとりは、覚醒剤にハマりおかしくなった挙げ句に電車に飛び込んだそうです。他にも、詐欺で捕まりワイドショーにてデカデカと顔と名前が放送されてしまった者もいました。
もっとも、私なんぞはまだマシな方です。とある地区で育った知人は、こう言っておりました。
「俺の中学では、卒業した奴の四分の一が進学、四分の一が就職、四分の一がヤクザ、四分の一がプー太郎(今でいうニート)だった」
この知人も、氷河期世代の人です。私より年齢は上でして、第二次ベビーブーム世代なので同級生の数はかなり多かったようです。
同じ氷河期世代でも、地域によってこれくらいの差があるのですよ。大学はおろか高校すら行かせてもらえなかった人間を、私は大勢知っています。単純な学力の問題ではなく、経済的な理由から働かなくてはならなかった人もいます。また、学校がひどすぎてまともに授業が受けられなかったような場所もあります。
不登校もクラスにひとりはいましたし、今で言うヤングケアラーもクラスにひとりはいました。アルコール依存症や薬物依存症の親に虐待され、勉強どころではなかった家庭もありました。さらには「高校に行くだと? 俺が高校行ってないんだからお前も行かなくていい」という謎理論で、進学を許されなかった人もいたのです。
小学生の時から、怖い先輩に命令され空き巣をさせられていた奴もいました。中学生でありながら、学校を休んでヤクザの事務所当番の手伝いをさせられていた同級生もいました。
当時、こんな話は探せばいくらでもありました。下を見れば、キリがない……そんな時代でしたね。
私は、まだ高校に進学できただけマシでしたが……その後は、友人や知人たちが次々とおかしくなっていきました。同級生が刑務所に行ったり、ポン中に何度も裏切られたり、チンピラの先輩に拉致監禁されたり、仲良く遊んでいた友人が行方不明になったり……そうしたもろもろの出来事を経て、今頃になってPTSDを発症してしまったようです。とは言っても、普通に仕事も出来ますし日常生活にも大きな支障はありません。
ただ、私という人間が、客観的に見て幸せと呼べるタイプでないのは明らかですね。そんな私ですが、はっきり言って異世界転生チートハーレムものは嫌いです。理由などありません。合わないだけです。かといって、異世界転生ものを否定する気もありませんし、好きな人をバカにする気もありません。
冒頭に挙げたポストですが、同じ氷河期世代としてヒドいと言わざるを得ないですね。
ポスト主は、自分は不幸だと主張しているのでしょうが、そもそも補導も逮捕もされず大学まで普通に行けている時点で、親ガチャ地域ガチャどちらも当たりを引いているのですよ。その事実を、全くわかっていないのですよね。
また「大学の進路説明会」「就職活動で倍率五十倍」などと書いていますが、当時はその土俵に立つことすら出来なかった者は大勢います。
そして「そんな我々だからこそ『異世界転生! 危険だけど就職先がある! 生まれ変わった健康な体! ついでに特殊能力までついてきた! うおおやるぜ俺はやるぜ!』って気分になれるんだと思うし、それを軽い気持ちで笑わないでくれよとも思う」という部分に至っては……そういう文言で、世代をひとくくりにしないでくれとしか言いようがないですね。
氷河期世代でも、異世界転生が嫌いな人はいくらでもいます。にもかかわらず「そんな我々だからこそ」などと、勝手に決めつけないでいただきたいですね。少なくとも、このポスト主のような恵まれた環境にいる方に、氷河期世代の代表面をして欲しくはないです。
ましてや、大変な修羅場をくぐってきたかのような態度で「異世界転生を嫌いな人は、さぞかし幸せな人生を歩んで来たのでしょうな」などと書かれると、ちょっと待ちなよ……という気になりますね。
最後になりますが「リアルの生活がつらいから、ノーストレスのなろう作品が好き」「つらい現実と戦っている人ほど、ハッピーエンドが確約されたなろう作品を好む」みたいな言葉を錦の御旗のように掲げる現象は、いつまで続くのでしょうね。これ、十年くらい前から見ているような気がします。
好きだから好き、それで充分な気がするのですが……それだけでは、不足なのでしょうかね。




