抑止力について
ワイドショーなど観ていると、番組内で犯罪が取り上げられる時、加害者の家族にもレポーターが直撃したりしますね。
「あなたの息子さんである〇〇さんが、このような事件を起こしてしまいましたが……現在の心境をお願いします」
完全に見せしめ状態です。視聴者の「罪を犯した奴は、家僕も親戚もみんなまとめて叩いてしまえ」という潜在的な欲求を代わりに満たしているのでしょう。
ところが、これが犯罪の抑止効果に繋がると思っている人もいるようですね。「家族がこのような目に遭うと知っていれば、罪を犯す前にストップがかかる。だから、犯罪者の家族や関係者はどんどん晒し者にして構わない」と、本気で信じている人も少なからずいるようです。
個人的には、家族を晒し者にすることと犯罪の抑止にほ、ほとんど関連性はないと思っております。まず「家族が晒されるかもしれない……」などと考え犯罪を思いとどまることの出来る人間は、最初から罪を犯したりしないタイプです。
そもそも、罪を犯すような人間は家族からも見放されており、また家族がどうなろうと気にしないタイプがほとんどです。こんな人間たちに対し、家族が世間の目に晒されることが犯罪の抑止力になるでしょうか。全く効果はありません。
さらに、ワイドショーなどで取り上げられ、加害者家族がレポーターに突撃されるような犯罪は、かなり重いものです。少なくとも「駄菓子屋で菓子を盗んだ」というような罪でないのは間違いありません。殺人や巨額の詐欺といった犯罪が大半ですよね。
そんな罪を犯す時、家族の存在が抑止力になるのでしょうか。もし、家族の存在が抑止力になるのなら……そんな人は、ぞもそもだいそれた犯罪などしません。
私が思うに、家族が晒されることが抑止力になると本気で信じている人は……物事を深く考えず、さらに犯罪にも無縁の人たちでしょうね。自身はもちろんのこと、周囲にも犯罪とは無縁の人間ばかりが集まっている……そんなタイプなのでしょう。
無論、その生き方は正しいものです。昔、不良だったなどと吹聴し声高に過去の悪行を語る人種よりは、確実に称賛されるべきでしょう。
ただし、そういった方々が犯罪の抑止力について解説するのは……ちょっと違うのではないかな、とも思います。社会学者の古市憲寿さんに、井上尚弥さんの試合を解説させるようなものではないでしょうか。
ましてや、加害者家族まで犯罪者扱いするのは……間違っているのではないでしょうか。
ついでに、死刑の持つ罪の抑止効果についても語らせていただきます。殺人罪では、ひとり殺しただけでも死刑の可能性はありますが……間違いなし、というわけにはいきません。昨今の日本の裁判では、三人殺せば死刑は間違いなしと言われているようです。
冷静に考えてみると、三人を殺すというのはマトモな精神状態では不可能ではないかと思うのですよね。
私個人に関して言うなら、武器を渡されたところで、ネズミ一匹すら殺せないでしょう。生きた魚を三枚におろすことさえ出来ません。家に出たゴキブリを叩き潰すくらいが関の山です。
生き物の命を奪うというのは、現代人にとって簡単なことではないのです。ましてや、人間を殺すとなると……そのハードルの高さはどれほどのものでしょうか。これを飛び越えられる人間は、そうそういないと思います。少なくとも、平和な日本で生まれ育った人間の大半が不可能でしょうね。
死刑になるような罪を犯す人間は、常人には超えられないはずのハードルを、何度も飛び越えてしまった人たちなんですよ。こういう人たちには、死刑という刑罰は抑止力たり得ないでしょうね。
少なくとも、こういう人種が「これは死刑になる」という考えが頭をよぎり犯行を思いとどまる、ということは有り得ないでしょうね。「バレなきゃ死刑も何も関係ねえ。無罪と同じだ」という心境なのではないでしょうか。
ただ、違う考え方もあります。
このエッセイで以前から何度も書いていますが、強盗は非常に重い罪です。最低でも五年であり、たとえ初犯でも執行猶予の可能性はほぼありません。
ましてや、強盗殺人ともなると無期懲役もしくは死刑です。こちらも、ひとり殺しただけで死刑の可能性があるのです。しかも、ひとり殺して殺人罪で起訴されたケースより、死刑の可能性は高いようですね。
また、強盗の際に相手が抵抗してきたから突き飛ばしたら死んでしまった……これは、強盗致死です。これまた、死刑の可能性がある重罪ですね。
つまり、強盗という罪には常に死刑の可能性があるのです。大げさな、と思うかもしれませんが、想定外の事態が起こるのが犯罪現場です。ナイフを持って強盗に入ったら、抵抗しないはずの相手が抵抗してきたため刺してしまった。あるいは、黙らせようと口にテープを貼ったら呼吸困難に陥り死んでしまった。これで、死刑の可能性が出てくるのです。
以前、銀座の時計店にて数人の少年が強盗に入りました。
この事件ですが、もし通行人が「お前ら何やってんだ!」と止めに入っていたとしましょう。で、犯人のひとりが「うるせえ!」と突き飛ばしたとします。すると、通行人は頭を打って死んでしまったとしましょう。
この場合、犯行に加わった全員が強盗致死罪で裁かれるのです。待っているのは、無期懲役もしくは死刑です。単なる強盗なら、おそらくは十年未満の懲役刑で済んでいたのに……。
ひとりがバカやったために、全員に死刑の可能性が出てくる……こんな割に合わないことはないですよね。
強盗は、常に死刑の可能性が伴う罪なんですよ。僅かな金欲しさのため、死刑の可能性がある犯罪に手を染める……こんなバカバカしいことはありません。
したがって、強盗という罪を犯させないためには、死刑の可能性があることをきちんと教えていくべきだと思うのですよね。死刑になるかもしれないという事実は、抑止力の効果が期待できるのではないでしょうか。
たとえば、悪い連中が集まって良からぬ相談をしていた時です。冷静な奴が「ちょっと待て。これ、強盗だぜ。運が悪けりゃ死刑になるぞ」と言いだしたとします。この発言で「やめとくか」となる可能性は……ない、とは言えないのではないでしょうか。
ワイドショーも、加害者の家族に「今のお気持ちを……」などと聞くことに放送時間を費やすくらいなら、「強盗は死刑の可能性がある犯罪です。割に合いません!」という事実を、もっともっと放送して欲しいですね。




