刃物との対峙
先日のことですが、Xにてこんな意見を見かけました。
刃物もってくる人に「それがどうしたァ!」と怒鳴ると、相手は予想した展開と違うことに腰抜けて座り込こむこともある
この人は武術家らしいですが、以前にも「タックルされたから数メートル後方ダッシュしたら防げた」などと言っていました。そんなことは、まず無理なのですが……それについては、ここでは取り上げません。
今回、私が言いたいのはひとつです。相手が刃物を出した時、「それがどうしたァ!」などと怒鳴るのは、絶対にやめてください。これをやっていいのは、相手と殺し合う覚悟のある人だけです。
まず、刃物を出す人間の心理について説明します。
ほとんどの場合、刃物を出した方も怖いんですよ。出した以上、要求が通らねば刺さなくてはならない。でも、出来ることなら刺したくはない……そんなギリギリの精神状態で、刃物を抜いています。
そんな時に「それがどうしたァ!」などと怒鳴られたとしましょう。何が起こるかといいますと、さらに追い詰められた心境になります。追い詰められた獣は、どうなるでしょう。「窮鼠猫を噛む」の言葉もありますが、殺らなきゃ殺られるという心理が働き、そのまま刺してしまうケースは少なくないのです。
また「それがどうしたァ!」なるセリフにより、なめられたと感じ本当に刺してしまうケースもあると思います。こういう人種は、なめられたくないという意識が非常に強いですからね。怒鳴られ腰が抜けて座り込むより、刺される可能性の方が高いのではないでしょうか。
このエッセイの二十三話『狼少年』の章に登場した狼田は、はっきり言って度胸も根性もなく喧嘩も弱い男でした。そのくせ、口では大きなことを言っていたのです。狼田は、ひとりでは喧嘩したことすらないだろう……我々は、密かにそう噂していました。
そんな狼田ですが、人を刺殺し逮捕されました。状況はちょっと複雑なものでしたが、この男もまた追い詰められた心境になっていたのは間違いありません。
もうひとつ、刃物に慣れたチンピラの場合は、死に至るような部分を避けて刺したり切ったりすることがあります。切られて血が出るというのは、心理的に大きなダメージになります。血を見ただけで、気が遠くなる人もいるのですよ。
それ以前に、「それがどうしたァ!」と一喝したはいいが、相手が腰を抜かさず座り込みもしなかった場合はどうするのでしょうね。件のポスト主は、その点についてなんら触れていませんでした。
私は、プロのボディガードでも武術の達人でもありません。が、これだけは断言できます。刃物を持った相手に「それがどうしたァ!」などと怒鳴るのは、相手と殺し合う覚悟のある人だけにしておいてください。
脳内もしくはフィクションの闘いしか知らないような人間にとって、刃物を持った相手は「それがどうしたァ!」と一喝すれば腰を抜かして座り込んでしまうのでしょう。しかし、現実はそんなに甘くありません。少なくとも、殺し合う覚悟のない人間は絶対にやめるべきです。
とにかく、刃物を持った相手に「それがどうしたァ!」と怒鳴るのは、ロシアンルーレットよりも危険な遊びだと思いますね。そんなことをしている暇があったら、速やかに逃げるか、有り金残らず置いて命乞いした方がマシですね。
おまけで付け加えますと、腹を刺されて内臓が傷ついた場合、命が助かっても後遺症が残る可能性があります。また腕や足の大動脈を切られでもしたら、それだけで致命傷になります。なので、刃物相手では殺すか殺されるかの戦いを覚悟しなくてはならないのですよ。
最後になりますが、この手のいい加減な言説はネットに数多く転がっています。
例えば「犯罪に誘われたなら、自分は口が軽いんで……と言っておけば大丈夫」などという意見を見たことがあります。しかし、大丈夫ではありません。こんなことを言えば「いいよ。誰かにバラしたら、お前とお前の家族からケジメ取らせてもらうから」などと返されるのがオチでしょう。現に、闇バイトの元締なんかはそう言っていたと聞きます。
また、このエッセイでも書きましたが……以前Xにて「覚醒剤をやると汗腺が壊れ臭い匂いがする」というポストがバズったこともありました。断言しますが、これはデマです。にもかかわらず、デマがバズることもあります。
まあ、何がバズろうが私の知ったことではないです。しかし、デマを鵜呑みにすると取り返しのつかない事態になるかもしれないよ……ということだけは知っておいてください。




