虐待とブラック企業と名もなき人たちの努力
先日、ツイッター(今の正式名称はXですが今回はこのまま行かせていただきます)を見ていたら、考えさせられる投稿文を目にしました。要約すると次の通りです。
「成功した人の自伝などには、中学を卒業したら親に黙って都会に出て働いてアパート借りてひとり暮らしした……という話が描かれている。親の同意なしに普通の職場で働けて、部屋も借りられるなんて本当に羨ましい。今もその時代が続いていたら、多くの虐待を受けている子どもが助かっていたと思う」
この文を投稿した人は、日頃より自身のされた虐待の話を投稿されているようです。さらに、今の司法や児相や警察の在り方をボロクソに書いています。
私は、この方の書いていること全てを否定する気はありません。が、全てを信じることも出来なかったです。そして今回の投稿文は……あまりにもひどいと言わざるを得ません。
一方で、この人の他にも「昔は良かった」という意見を目にすることもあります。今回は、そういう誤解を解いていきたいですね。
最近、某中古車販売会社が話題となっています。いろいろ言われていますが、私はここで某会社を叩く気はありません。言いたいのは、この会社で行われていたと言われているパワハラなど、昔の日本企業では珍しいことではなかったということです。
上司が「お前殺すぞ!」と怒鳴るのは当たり前。殴る蹴るもよくあること。とある有名な物流系の会社などは、ミスをした社員に全裸で室内作業をさせたそうです。昭和という時代は一般企業ですら、こんなことをやっていたと聞きます。
ましてや、中卒で親の同意も身分証もなく働けるような職場がどんなものかといいますと、昨今のブラック企業がまともに見えるくらいの職場なんですよ。少年院や少年刑務所を出たような人間がゴロゴロいて、職場内でのいじめやリンチなど当たり前の世界です。喧嘩などしょっちゅうであり、しかも武器を使った喧嘩が多かったとか。ちなみに、ここで言う武器とは、スコップやハンマーといった仕事で使う道具です。
リンチや喧嘩で運悪く死んでしまっても、事故で済ませるか、下手をすれば廃材と一緒に埋めて知らんぷりです。なにせ身分証も何もチェックせず、履歴書一枚書かせただけで入社させるような会社ですからね。そんな人間がひとり消えたところで、特に問題ないわけですよ。実際、昭和のタコ部屋(労働者を山の中の施設に監禁同然に収容して働かせる会社)では、ユンボで穴掘ってヤバいものを埋めた……みたいな話を、あちこちで聞いたそうです。
ちなみに、私は二十年近く前にこれに近いような職場にいました。寮付きの工場です。まあ平成に入っていたので、昭和のタコ部屋よりはだいぶマシでしたが……それでも凄まじいところでした。仕事よりも、人間関係がきつかったですね。喧嘩もちょいちょいありましたし、ヤバい人も大勢いました。まともに円満退社した人間は、私の記憶が間違いでなければ数人です。辞めていった人のほとんどは、夜逃げのような形でいなくなっていました。カイジの地下帝国のようなところでしたね。こんな場所にて数年間いたのですが……本当にきつかったです。
ついでに書きますと、こういう場は立ち回りの上手さがものを言います。喧嘩がちょっとくらい強いとか陽気なキャラだとか、そうしたことはあまり関係ありません。大勢のチンピラと、その中に紛れている本物の狂犬たちの間で、いかにうまくやっていくか……これは、言葉で説明できるものではありません。私は、不良たちとそれなりの年月つき合ってきた経験があったため、どうにかやってこれた気はしますね。それプラス、運の良さに救われた部分もあります。
話を戻します。冒頭の投稿文に登場する少年の場合、入れるのはこんな職場くらいしかないでしょう。でなければ、ヤクザの使い走りでしょうか。少なくとも、家出同然に出てきた少年が「普通の」職場で働くのは難しいと思います。
もうひとつ大事なことがあります。元の投稿文には「成功した人の自伝など読むと」と書かれていますが……そもそも、自伝などは大なり小なり脚色されているのが普通です。とかく大げさに書かれているか、あるいは美化して書かれているか……なんですよ。ケースはちょっと違いますが、落合信彦先生の『狼たちへの伝言』がいい例ですね。当時、あれに騙された少年は多かったと聞きます。
また、成功する人間は基本的に運に恵まれています。本人のやる気や能力だけでなく、強運の助けも必要なんですよ。それでなくても、昭和の時代は治安も悪く犯罪の発生件数も今より遥かに多かったです。暴対法もなく、ヤクザが大きな顔で仕事に励めた時代ですからね。そんな時代に、中学校を卒業したばかりの少年が、親に内緒で身ひとつ都会に出てくる……ヤクザに利用され路地裏で野垂れ死ぬか、タコ部屋に入れられた挙げ句に他人と揉めて逃げ出した挙げ句にホームレスになるのがオチでしょうね。
これは件の投稿主に限りませんが、世の中には子供に関する事件が起きるたびに「児相が悪い」「警察は何をしているんだ」とクレームをつける人がいるそうです。まあ、それは仕方ないことなのかもしれません。
ただ一方で、マスコミに取り上げられる事件の裏では、児相や警察のおかげで助かった子供たちもいる……ということも忘れてはなりません。
生存バイアスという言葉があります。失敗した対象を見ず成功した例だけを見て物事を判断すること、だそうです。件の投稿主の語る「成功した人の自伝」は、まさに生存バイアスのいい例ですね。
一方、児相や警察は……生存バイアスとは真逆なんですよ。成功した例はほとんど報道されず、失敗した例のみが大きく報道されます。成功して当たり前、失敗すればマスコミに報道され、一般人から叩かれる世界なんですよ。
もちろん、虐待により子供が生命を失う……という事態は、あってはならないことです。そのあってはならないことが起きたなら、叩かれるのも仕方ありません。また、今後クリアしなければならない課題が数多くあるのも間違いないでしょう。
同時に、虐待されている子供を救った児相の人や警官もまた、確実に存在しているのです。そういった人たちの働きは、当然ながらマスコミには取り上げられません。また、虐待について調査するため、この暑い中を汗水流してあちこち訪問している人もいます。そんな姿を、マスコミやインフルエンサーが取り上げたりはしません。
そんな名もなき人たちの努力を無視し、自分が児相の人や警官にひどい目に遭わされた体験(本当かどうかはわかりません)のみを書き連ね「これが児相や警察の実態ですよー」と吹聴する……これは、明らかにおかしいと思うのですよね。
最後に、私は件の投稿主の言っていることを信用していません。児相や警察に対し、大げさに吹聴している部分は確実にあると思っております。もっとも、何を信じ何を信じないか、それはあなた次第です。




