土下座と指詰め
少し前の話ですが、電車の中でタバコを吸っていたチンピラに高校生が注意したところ、逆に恫喝され土下座した……という事件がありました。
私は、この事件そのものをどうこう言う気はありません。ただ、この土下座という行為には、ちょっと思うところがあるのですよね。
私は高校生の時、公園でヤンキーと喧嘩し負けて土下座させられたことがあります。他にも、揉めた挙げ句の土下座が二度ほどあります。まあ、気持ちのいいものではないですね……と前置きした上で、実のところ本当にヤバい人たちは、土下座くらいでは引いてくれません。それどころか、逆に自分から土下座する人たちもいます。たとえば『武勇伝を語る人たち』の章に登場した与太郎などは、必要と思えば簡単に土下座する男でした。
この必要な時というのは、堅気の人間から金を借りる時もしくは借金の返済を迫られた時です。聞いた話ですが、与太郎は借金を申し込んだ相手に向かい人混みの中でいきなり土下座し「お願いします!」と叫んだそうです。
相手にしてみれば、確実に面食らいますよね。周りに人がいる状況で、自分の連れがいきなり土下座する……他人から見れば、人前で知人に土下座させている極悪人だと映ってしまう、と思うことでしょう。
そう、事の次第とは関係なく、自分を被害者にして相手を加害者に仕立て上げる……これが、彼らの常套手段です。そのため、人前で土下座をするのですよ。
そうなると、相手は、
「ちょっと! こんなとこでやめてくれ!」
という展開になり、必然的に自分の要求を通してしまうのです。貸せる額の金なら貸してしまい、借金ならもう少し待ってやろう……となるようです。つまり、彼らは土下座を金に変えているわけですね。
ヤクザの風習に、指詰めというものがあるのはよく知られていますね。反省や謝罪のため、自分の小指を切り落とす……という行為だそうです。
さて、仮にAという人物がいたとしましょう。Aさんは土建屋でして、Bさんという怪しげな人物に金を貸しました。数百万円という額です。
しばらくして返済期限が来ましたが、Bさんに金を返す気配はありません。のらりくらりと、適当なことを言って逃げてしまいます。しまいに、Bさんは引っ越してしまいました。こうなると、何度も足を運ぶわけにもいきません。
そこでAさんは、Cさんというヤクザに金の取り立てを依頼しました。Cさんは「わかった。俺に任せておけ」と言って出発しました。
しばらくして、Cさんは戻ってきました、
「悪いけどな、これで手打ちにしてくれ」
そう言って取り出したのは、なんとホルマリン漬けの小指です。唖然となるAさんに、Cさんは言いました。
「Bの奴、どうしても返せねえから……と言って指を詰めやがった。こうまでされたら、俺も何も出来ねえよ。だから、俺の顔を立てて、これで手を打ってくれ」
そんなことを言われても困ります。Aさんは抗議しますが、Cさんは聞いてくれません。それどころか、こんなことを言い出したのです。
「Bはな、痛い思いして小指落としたんだ。俺たちの業界じゃあ、これでケジメ取ったことになるんだ。これ以上グダグダ言うと、業界のしきたりに……ひいては、俺に喧嘩を売るのと同じことなんだよ。あんた、俺に喧嘩売るのかい?」
Aさんは、仕方なく泣き寝入り……ということになったそうです。
実はこれ、私が中学生くらいの時に近所の人から聞いた話です。さて、ホルマリン漬けの小指ですが……そもそも本物であるかどうかなど、素人にはわからないですよね。仮に本物だったとしても、それが間違いなくBさんのものであるという保証はありません。それこそDNA鑑定でもしてもらわない限り、Bさんのものであるということはわからないわけです。実際、話の真偽は不明ですが詰めた小指を売買する業者が当時は存在していた……などという噂も聞きました。
仮に、それがBさんの小指だったとして……そんなものをもらっても、Aさんは一文の得にもなりません。「ヤクザのしきたり」を盾にされ、金の取り立てを諦めさせられたわけです。うがった見方をすれば、BさんとCさんが組んだ可能性もあるわけですよ。実のところ、こういった手口で泣き寝入りさせられた人は少なくないのかもしれません。
何が言いたいのかといいますと……土下座にしろ指詰めにしろ、ヤバい人たちのシノギの手段として用いられる場合がある、ということです。まあ、さすがに指詰めは今の時代に用いられることはないとは思います。が、土下座は今の時代でも使う人はいるでしょう。少なくとも、人前で簡単に土下座するような人を見たら、警戒した方がいいでしょうね。
最後に……「昔のヤクザは人情味があった」などという人がいます。この人情味とは「指詰められたら何も出来ねえ。これで手を打ってくれ」などと言って、堅気の人たちに損をさせることでしょうか。そんな人情味は、迷惑でしかありませんが……。




