卒業式
これを書いているのは三月ですが、卒業式を終えた方もいることでしょう。四月から、新しい環境の中で生活する方もいるかも知れません。
もっとも私、卒業式というものに思い出はありません。卒業式かったるい……ということになり、数人の友人たちとサボりました。何をやっていたのかといえば、ただただ人目のない空き地でしゃがみ込み、下らないことを喋っていただけです。無駄な時間の過ごし方だったのは間違いないですね。まあ、卒業式に出た方がよかったとも思いませんが。
ただ、卒業式には別の思い出もあります。はっきり言ってしょうもない内容ですが、そもそもこのエッセイ自体がたいしたものではないので。
私のような昭和生まれの世代なら半分くらいの人が知っていることかと思いますが、かつての卒業式には奇怪な風習があったそうです。制服の第二ボタンを、密かに思いを寄せていた後輩の女子にねだられる……というものです。どこの何者が始めた儀式かは不明ですが、当然ながらモテる男子でなくては、ねだられたりしません。中には、第二ボタンでなくても構わないから、制服のボタンを思い出にください……というパターンもあったようです。
もっとも、私のいた高校は男子校でした。したがって、そうしたイベントとは全く無縁です。そもそも、イベント自体が我々より上の世代に話題になっていたものでして、私の年代でそんなイベントが存続していたかどうかも知らなかったです。
それはともかく、ほとんどの高校にて卒業式が行われていた日、我々は人気のない空き地(当時そこが溜まり場でした)に集まり「真面目に卒業式に出るなんてダセーよな」などと言い合っていました。まあ、はっきり言うなら「卒業式に出ない俺らカッケーよな」という中二的な考えに支配されていたわけですね。
やがて、もうひとりが合流してきました。共学の高校の生徒であるドッチン(言うまでもなく仮名です)です。が、その姿を見た途端、我々は呆気に取られてしまいました。
ドッチンの高校の制服は学ランでしたが、なぜかボタンがひとつも無いのです。確かに、この男は共学に通っていましたが……はっきり言って後輩にモテるようなタイプではないんですよ。何せ中学一年生の時点で、故チャールズ・ブロンソンの雰囲気を漂わせていた男です。高校生の時点で、三十歳と言われても違和感ない風貌でした。
そんな男が、卒業式にボタンが全て取れた状態で現れた……私は呆然となりながらも、念のため聞きました。
「お、お前、まさか後輩にボタンあげてきたのか?」
「ああ、これか。さっき、ウチの庭に頭おかしい奴がいたんだよ。注意したら向かってきてよう、マジでヤバかったぜ」
このドッチンは話下手で、しかもあっちこっちに話が飛ぶのでわかりづらいのですが、どうにか彼の話を聞き私たちなりに解釈した結果、次のことがわかりました。
本日ドッチンは、面倒くさかったので卒業式をサボることにしました。とりあえず部屋でゲームしていたところ、母親に怒られ仕方なく学校に行くことにしたのです。
で、家を出ると庭に見知らぬ中年男がウロウロしていたのです。当然ながら尋ねました。
「お前誰だよ?」
ところが、返ってきたのは意味不明な言葉です。何とかをしたのはお前か! などと言い返してきたとか。ドッチンは頭にきました。
「だから、お前は人の家で何やってんだよ!?」
なおも聞いたところ、中年男は鬼のごとき形相で、何やら喚きながら掴みかかってきたそうです。ドッチンは怯みながらも殴り返し、庭で取っ組み合っているところに母親や近所の人が異変に気づきました。
そこで近所の人らが総出で取り押さえ、母親の「あんたは学校行きなさい!」という一言に仕方なく学校に向かったそうです。
ところが、途中で気づきました。制服のボタンが、全て取れていたのです。相手の腕力が予想以上に強かったらしく、掴み合いの最中にボタンが全部もぎ取れていたとか。そのまま学校に行ったところ「ボタンを付けなくては卒業式の参加は認めない。今すぐ自分で付けろ」と言われたそうです。ドッチンは嫌になり、学校を出ていきました。で、我々と合流したのです。
ちなみに、ドッチンの家に侵入した不審者は、警察に引き渡されたそうです。意味不明な言動を繰り返すばかりでして、しかるべき施設に送られたとか。物が盗まれたりといった、そうした金銭的な被害はなかったようです。
というわけで、卒業式まったく関係ないですが……暖かくなってくると、こういう人たちの活動も活発になります。「あいつは○○だ」などと勝手に思い込み、わけわからん行動に出ることもあります。本人しかわからない理由で、人の家に侵入してきたりするケースもあります。くれぐれも気をつけてください。




