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押し売り

　若い方は存じないと思いますが、かつては押し売りなる人種がいました。ドアホンが鳴ったので玄関に出て扉を開けると、その隙間から無理やり体をねじ込ませて玄関に入り込み「奥さん、これ買ってよ」などと言ってくるのです。断ろうとすると「子供が三人、腹を空かせているんてす。これが売れなきゃ、明日の御飯も買えません」という泣き落としに出るか「俺は、十年前に人刺した。今、刑務所から出てきたばっかりなんだよな」などという恐喝にも等しい手口に出るらしいです。まあ、グレーゾーンな訪問販売員ですね。

　私が小学生の時、実家に一度か二度くらい来た記憶があるのですが、どんなやり取りをしていたかは覚えていません。

　ちなみに、某宗教団体も信者たちに押し売りをやらせていたという話も聞きました。まあ、それについては話がズレてしまうので別の機会に譲ります。

　さて、時は流れて令和の時代です。

　私はコロナがきっかけとなり、仕事で独居老人宅に訪問する機会が増えました。そこで知ったのですが、押し売りのような連中は今もいるのですよね。

　一番最初に出くわしたのが、このエッセイの『自粛期間中の出来事』という章にて書いた件です。畳を交換する業者らしいのですが、あのコロナ禍の真っ只中にいきなり見ず知らずの他人の家を訪れ、マスク無しで「ね！？　何もしなくて、寝てていいから！　ウチの人間が家具を動かして、パパッと替えちゃうから！　今だったら、格安ですむよ！　ついでにコロナ対策の消毒もしとくから！　ね！？　ね！？」などと口から唾飛ばさんばかりのハイテンションで語り出す……こいつ正気か？　と思いましたね。マスクの防疫効果や、マスク着用が義務かどうかという議論は置くとしまして……ちょっと普通ではないものを感じました。

　それから、ここ二年ほどの間に十回近くの訪問業者と出くわしたのです。業種もいろいろでした。便利屋、粗大ゴミ収集業者、新聞拡張員、古物商などといった人たちです。当然、私の自宅に来ているわけではありません。ひとり暮らしをしている老人宅を訪れ、営業活動をしているのです。

　中でも一番ひどかったのは、一昨年の夏ごろに遭遇した古物商と称する男です。当時、私は老人宅を訪れ話をしていたのですが、その時にドアホンが鳴りました。

　老人は玄関に歩いていき、ドアを開けました。もっとも、私のいる場所からは音が聞こえてくるだけで、何が起きたかは見えていません。まあ、知人の来訪でもあったのだろうと思っておりました。

　ところが、続いて聞こえてきた声は、知人とは思えないものでした。詳しい内容は覚えていませんが、高値がついているものがあるかもしれないから、家にある骨董品の類を見せてくれ……などと言っていたのです。しかも、一方的にベラベラと喋っており、相手に答える隙を与えません。

　私は、またかと思い玄関に出ていきました。すると、唖然となりましたね。

　玄関の靴脱ぎのところで、ひとりの中年男がでんと座り込んでいるのです。紺色の作業服のようなものを着ており、ふてぶてしい顔つきでした。老人ほ、困った顔です。

　私は「すみません、今忙しいので帰ってください」と言いました。ところが、相手ほ帰りません。私のことなど見ようともせず、座り込んでいます。

　そこで私は、もう一度「帰ってください」と言いました。しかし、相手はふてくされた態度で居座っています。仕方ないので老人に向かい「これ、不法侵入に該当しますよ。仕方ないから警察呼びますか？」と言ってスマホを取り出したところ、男ほ舌打ちして帰っていきました。

　その後、老人に話を聞きました。ドアホンが鳴ったので扉を開けたら、体を強引に隙間からねじ込んできたのだとか。この令和の時代に、そんな手口を使うとは……恐ろしい話です。

　こうした業者は、他の家を訪問した時にも現れました。まあ、強引に体をねじこむような手口は使っていませんが、共通しているのは、ひとり暮らしの老人宅だということです。コロナ禍により在宅している確率が高く、ひとり暮らしで会話に慣れていない老人を狙っていたのでしょうか。一応、今回のような業者が以前にも来たかどうか聞いてみましたが、ほとんどのひとが「こんな連中は、今まで来たことがなかった」と言っておりました。

　と、本来ならここで終わる話なのですが……昨今の多発する強盗事件の報道を見ていると、あの業者の中には強盗の下見に来ていた者もいたのかもしれない……などと最近では思っております。何はどもあれ、知り合いにひとり暮らしの老人などいるような方は、くれぐれも気をつけてください。