悪影響を与える作品
たまにニュース記事など見ていると、次のような記述を目にすることがあります。
「容疑者は、アニメの〇〇を観て犯行を思いついたと供述しており~」
「漫画〇〇を読んだ容疑者は、これなら俺にも出来ると思い犯行に及んだと供述しており~」
「映画〇〇を観て刺激を受けた容疑者は、やってみたくなり犯行に及びました」
時には、報道のせいで「〇〇」が叩かれることもあります。困ったものですね。
この件、私は漠然と容疑者が勝手に言っているのだろうと思っておりました。しかし、逮捕され取り調べを受けた経験のある人たちの話を聞くと、ちょっと違うらしいのです。
逮捕されると、容疑者は刑事の取り調べを受けます。この時、刑事は調書という書類を作成します。
調書がどういうものかと言いますと、事件についての調査内容を記し裁判所に送る書類です。犯行の動機、現場までどうやって行ったか、犯行時に何をしたか、終わった後どのように逃亡したか、などといったことを事細かに記す必要があります。
この調書、本当に細かく聞いて来るそうです。例えば、Aさんが喧嘩で人を殴り傷害罪で捕まったとしましょう。Aさんは取り調べの際、刑事に「てめえ何してんだコラ、と言って殴った」と供述しました。ところが目撃者は「Aは被害者に、ブッ飛ばすぞコラ、と言って殴ったのを見た」と供述していたとします。この場合、どちらが正しいかはっきりさせなくてはならないらしいのですよ。傍から見れば、どうでもいいような言葉ですが……これが食い違うと、調書が成立しないこともあるそうです。
これは、動機の部分でも同じです。例えば、Bという男が生活苦から、空き巣をやって逮捕されたとしましょう。
刑事は取り調べの際「お前は、なぜ空き巣をやったんだ?」と聞いてきます。それに対し、Bはこう答えました。
「仕事をクビになり、生活がキツかったもので……」
すると、刑事はさらに聞いてきます。
「空き巣をやろうと思いついたのは、何がきっかけだ?」
「ですから、生活が苦しくて──」
「だったら、なぜ空き巣を選んだ? 他にもカツアゲや、コンビニ強盗だって出来ただろう。お前、何か参考にしたものがあるんじゃないのか?」
「えっ? 何かって何ですか?」
「例えば、映画で空き巣のシーンがあったとか、漫画で主人公が空き巣をしていたとか、ネットで空き巣のやり方が詳しく書かれていたとか、そういうものを目にしなかったか?」
おいおい、と思われるかもしれませんが……実際、こんなやり取りがあるそうです。ほとんど誘導尋問ですよね。容疑者は刑事に言われるがまま、自分の記憶の引き出しを漁ります。アクション系の映画や漫画なら、そういうシーンは珍しくないですからね。
結果、何かしらの作品をあげてしまう……こうした事態は、充分に有りうるのです。
ここでBさんが「ネットニュースで空き巣の記事を見て、あれなら俺にも出来ると思いやってしまった」と供述すれば、特に問題はありません。しかし、「映画の〇〇に空き巣のシーンが」「漫画の〇〇に空き巣の手口が描かれていた」などと供述しようものなら、調書にはそのように書かれます。裁判でも、そのように記録されます。結果、その〇〇が原因だ……ということになりかねないのですよ。
まあ、空き巣くらいなら大きくは報道されません。しかし、これが通り魔のような社会を騒がせる事件になると……否応なしに大きく報道されます。もし容疑者が「アニメの〇〇を観て~」などと供述しようものなら、「アニメの〇〇は若者を煽り、犯罪を誘発する作品だ! けしからん! 放送を中止しろ!」などと叩く人間が必ず現れるでしょうね。
正直、この流れは永遠に続くでしょう。報道するマスコミは、犯人の動機を求めます。ところが、犯罪というのは複雑なものでして、いろんな要因が重なることで起きるものです。少なくとも「〇〇が原因」などと断言できるほど単純ではありません。
しかしマスコミとしては、ひとつの事件をいちいち深堀りするわけにもいきません。そこで、調書に描かれていた「映画の〇〇を観て~」という部分を切り取り報道します。結果、「〇〇は若者に悪影響を与える!」と言い出す人が現れる……この状況は、恐らく変わらないと思います。




