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エッセイ書いたんだよ!  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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やれなかった後悔

 いきなりですが、私は仕事の関係で独居老人宅を訪問することがあります。その中には、部屋がゴミ屋敷のごとき状態になってしまう人もいまして、まあ凄いです。Gが出るのは当たり前。中身の入ったゴミ袋の山をかきわけると、ミイラ化したネズミを発見したこともあります。それも、一度や二度ではありません。

 しかも、決して広くはないような家にもいるのですよ。最近は、遭遇率が上がった気がします。どうやら都内には、ネズミが増えているようですね。これには、いろんな理由があるのでしょうが……猫を完全に室内飼いし外に出さなくなった人が増えたことも、理由のひとつかもしれません。

 ちなみに、ゴミ屋敷になるケースは、家主がおかしいから……とは限りません。むしろ真面目にゴミの分別に取り組み、出す日をきっちり守っている人もいます。ところが、老人は日によって体調に大きな幅があったりするのですよね。燃えるゴミの日にゴミを出そうとしたら、足が痛くて歩けない。じゃあ、次の機会にしよう……それが積もり積もっていき、気がつくとゴミ屋敷になっているケースもあったりします。




 さて、今回語るのはゴミ屋敷についてではありません。仕事を通じて知り合った、とある方についてです。

 その方は高齢の女性で、名前はマッソさんとでもしておきましょう。一言でいうと、とにかく口の悪い人でした。テレビなど観ていると「最近の歌手はみんな同じ顔」「このコンビは、どこが面白いのか分からない」などと、出ているタレントをボロクソにけなすのです。また自己責任論者でもあり「不幸な奴は全て自分に原因がある」という思想の持ち主でもありました。

 閉口しながらも話しているうちに、意外なことがわかりました。マッソさんは、かつて作家を志していたそうなのです。ところが、当時付き合っていた男性との間に子供が出来てしまいました。彼女は結婚し、家庭を預かる主婦となったのです。

 それからマッソさんは、専業主婦として生きて来ました。しかし、作家になりたいという気持ちは心の奥底で燻っていたのでしょうね。それが今になって、世の中への恨みつらみとなって吹き出ている……そんなふうに見えましたね。


「私は文学に打ち込みたかった。しかし、家庭のある身ではそれも叶わなかった」


 そんな意味のことを、事あるごとに言っていました。私は一度、言ってみたことがあります。


「ネットでは、小説を投稿できるサイトがありますよ。スマホひとつあれば、小説を書いて発表できます。賞ももらえたりします。今からでもやってみませんか?」


 しかし、マッソさんはこう答えました。


「今さらスマホなんて覚える気もない。だいたい、ネットの小説なんかくだらないよ」


 この時ばかりは、俺そのネット小説サイトに投稿してんだけど……と若干イラッときましたね。やる気ないみたいなので、それ以上ネット小説に触れるのはやめておきました。



 私は、このマッソさんは本当にかわいそうな人だと思います。

 話してみると、マッソさんは八十近い高齢でしたが頭はまだしっかりしていました。知識も豊富で、おそらくは文学的な才能もあったのでしょう。

 しかし、優れた才能を持ちながらも発揮する場がないまま時が流れ、今は独居老人として生きている。この境遇に、ドス黒い感情が渦巻いているのでしょうね。

 よく「やらずに後悔するより、やって後悔した方がいい」といいます。しかし、やれなかった後悔というのは、やらなかった後悔よりもさらに重く強く残ってしまうのかもしれません。マッソさんは「私はチャレンジすることさえ出来なかった」という意味のことを、ボソッと言ったことがあります。その時の顔は、なんとも言えない表情でした。世の中への怨念が感じられ、見ただけで鬱になりそうな錯覚に襲われましたね。

 諸事情により、今後はもう会うこともありませんが……マッソさんは、たぶん今も悪口を言い続けているのでしょう。今の彼女には、それしか出来ることがありません。何も出来ないからこそ、何かに打ち込んでいる人をひたすら嘲り罵る。嘲り罵ることで、画面の向こう側にいる人たちの上に立った……そんな気になっているのでしょう。

 と、ここまで書いていて気づきました。マッソさんは、スマホを使えなくてよかったのかもしれません。この人がスマホを覚えたら、恐らくは人の悪口をあちこちに書き込んでいたことでしょう。結果、訴えられる羽目に陥っていたかもしれないですからね。

 付け加えるなら、マッソさんはスマホの使い方を覚えても創作活動はしないでしょう。自らは何も創作せず、誰かの生み出した作品をボロクソにけなす……そうすることで、自身の小さなプライドを保つ道を歩むような気がします。テストの時、真面目にやっても二十点くらいしか取れないので、あえて白紙で出し「今回のテスト、白紙で出してやったぜ。こんなテスト、真面目にやるなんてダセーよ」と悦に入るヤンキーと似たものを感じますね。

 最後にもう一度書きますが、私はマッソさんをかわいそうな人だと思います。また、この人を嫌っているわけではありませんし、嫌いになれません。誰しも、こんな部分はあると思います。が、こんな風な人生を送りたくないとも思っています。






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― 新着の感想 ―
才能なんて無くても、書籍化とか結果が出せなくても好きだからやるってのも大事なんですよね。こういう人間は“負け犬の遠吠え”とか言うかも知れないけど… 質問なんですが…なろうを始めとしたネットで万能主人公…
[一言]  チャンスや時間が有ったら出来ると言ってる人は、いくら機会が有ってもやらない物だと思いますよ。  マッソさんも、その類いだと思いますけどね。  単に自分の才能がない事に向き合えず、人を貶めて…
[一言]  なろうで小説書いて、書くことよりも更新を続けることに煩悶して、お気に入り作家さんの影響でユーチューバーやって見て、意外と手間がかかることにまたも煩悶しております。  それもこれも簡単にやれ…
感想一覧
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