電車で席を譲る人
以前、ネットにてこんな記事を目にしました。
「キアヌ・リーブス、電車で重い荷物を持った女性に席譲る」
この行為自体を、とやかく言う気はありません。また、キアヌ・リーブスを叩くつもりもありません。たた、この記事を見て、私は過去に接触してきた悪人たちを思い出したのですよね。
かつて、付き合いのあった与太郎(『武勇伝を語る男』の章に登場した男です)は、どうしようもないクズでした。あちこちの人間を騙しては金を巻き上げ、刑務所に出たり入ったりを繰り返していました。この男だけは、今もろくでもない生活をしていると断言できますね。
この男、実は当たり前のように電車で席を譲ることが出来るのですよ。二人で電車に乗っていたら、老婆が乗ってきた。次の瞬間、何のためらいもなく立ち上がり「席どうぞ」と言える男なんです。
普通、我々のような一般人だと、電車で席を譲るのは少々の勇気が要ります。人見知りするタイプの人なら、なおさらです。ところが、この与太郎は平気で、何のためらいもなく席を譲れるのてすよ。正直、初めて見た時は唖然となりましたね。
この与太郎、席を譲るという行為に留まりません。異常なまでに外面がいいんですよ。目上の立場の人間からは好かれやすく、初対面の人間からは「あの人、感じいいね」などと思われたりします。また、年寄りからも好かれたりします。
ところが、自分の後輩や手下と見なした者に対しては態度が一変します。私は、この男の二面性を間近で見てきました。まあ、私などは軟禁されてパシリとして使われた(犯罪行為にはかかわっていません)くらいです。大した被害はありません。が、上にも書いた通り多くの人間を騙して金を巻き上げていました。被害者のひとりは、飛び降り自殺にまで追い込まれています。
この二面性は、与太郎だけではありません。『ギャンブル必勝法』に登場した名取、『同級生』に登場したロドンらも、人としてはどうしようもないクズです。まあ、与太郎よりはマシかな……とは思いますが。
彼らは基本的に、弱者に対しては一切の容赦がありません。カモと見なした者からは恐ろしい勢いで金を巻き上げます。「お前がちゃんと金を払ってくれれば、俺の生活はもっとマシになるんたよ」などというセリフを、何のためらいもな口にします。その払うべき金とは、詐欺まがいの方法で巻き上げた金なのですが。
ところが、それ以外の人々の前だと、彼らのようなタイプは一変します。自身の善人アピールを繰り返し、周りの人に訴えます。名取と初めて会った時の異様な気遣いと「俺は君のために気を遣ってあげてるんだよ」というアピールには、イラッとさせられました。
ロドンに関しては、友人から聞いた範囲ですが……クサいセリフを真顔で繰り出して来たそうです。「俺はな、ダチのためなら体張るよ」「ダチを見捨てるくらいなら、俺はいつでも男やめてやる」こんなセリフを吐きながら、やっていたのは友人たちを騙すことでした。
この善人アピールは、もちろん計算もあるでしょう。しかし、それだけとも言いきれないものを感じるのですよね。彼らの異常に強い承認欲求、さらに自己顕示欲の強さのあらわれであるような気がします。その裡から発する強い欲求に突き動かされるまま、電車で席を譲ったり、聞いているこっちが恥ずかしくなるようなセリフを吐かせたりするのかもしれないですね。
こうした連中を多く見てきたせいか、私は電車で席を譲ったなどと聞かされても、あまり心は動かされないのですよね。こういう小さな親切を、さりげなく自然に出来てしまえる本当の善人もいるのは間違いないですが。
ひとつ言えるのは、混雑した電車の中で何のためらいもなくパッと立ち上がり、さわやかな笑顔で「席どうぞ!」といえる……こういう人の中には、とんでもない悪人がいるという事実は知っておいた方がいいと思います。




