刑務所の軍隊式訓練
ジャッキー・チェンの代表作のひとつに『プロジェクトA』という映画があります。二十世紀初頭の香港が舞台でして、ジャッキー演じる水上警察の面々と海賊たちとの戦いを描いたアクション映画です。
この映画の中に、印象的なシーンがあります。ユン・ピョウ演じるジャガー隊長が部下たちを並べて訓練していた時、彼らの前を二人の若く綺麗な女性が通りかかりました。すると、部下の中でもお笑い担当キャラのような二人が、こんなことを囁き合うのです。
「見ろ、いい女だぜ」
「お前、どっちを選ぶ?」
その途端、ジャガー隊長が声を発しました。
「そこの二人! 今、何を言っていた!」
言われた二人は、仕方なく答えます。
「見ろ、いい女だぜ、と言いました!」
「お前、どっちを選ぶ、と言いました!」
それに対し、ジャガーはこう命令します。
「そこの隅で、俺がいいと言うまで今のセリフを言い続けろ!」
結果、二人は気をつけの姿勢で叫び続けるのです。
「見ろ! いい女だぜ!」
「お前! どっちを選ぶ!」
「見ろ! いい女だぜ!」
「お前! どっちを選ぶ!」
「見ろ! いい女だぜ!」
「お前! どっちを選ぶ!」
さて、刑務所という場所では軍隊式の訓練があるそうです。新入訓練といいまして、二週間ほど様々な訓練をさせられるそうです。全員で刑務所内にある校庭のような場所に集められ「イッチ、ニー!」という号令に合わせた行進や、回れ右などといった動作の練習をみっちりさせられるとか。さらに訓練が終わった後も、移動する際には必ず軍隊式の行進をやらされるそうです。
個人的には、バカバカしいとしか思えないですね。そんな軍隊式の訓練などしても、罪を犯した者の更生に繋がるとは思えないのですが……友人いわく「こういうやり方に、ハイハイ言って従える……それこそが、国の望む矯正なんだよ。こんな理不尽な環境の中で、何の問題も起こさず、上からの命令に従って過ごしました。だから、社会へ出てもやっていけるだろうと。刑務所には、そういう一面もあるんだよ」と言っておりました。
それはともかく、刑務所というのは罪を犯した者を収容する施設です。なので、こうした訓練の最中にも色々と起きるようです。
友人いわく、どこにも必ずひとりはいるのが、行進の最中に隣の者を笑わせようとする奴だとか。おかしな顔をしたり、どさくさ紛れに変な声を出したり……修業の足りない奴が「プッ」と吹き出してしまうと、刑務官は目ざとく見ているそうです。
やがて行進が終わり整列すると、刑務官は先ほど吹いてしまった受刑者を呼び出します。
「そこのお前! 前に出ろ!」
言われた受刑者は、仕方なく前に出ました。すると刑務官は、こう言います。
「お前、さっき笑っていたな! 何を笑ってた! 言ってみろ!」
ここで正直に「いや、隣の奴が笑わせたので」などと言ってしまうと、場合によっては自身の株を下げることになる……こともあるようです。なので「すみません! 思い出し笑いをしてしまいました!」などと答えるのが無難だとか。
そうなると「今度笑ったら誓約書だ! 覚えとけ!」くらいで大概は済む……のですが、たまにうるさい刑務官がいて「だったら、俺がいいというまでそこで立ってろ! そして、自分のやったことを言い続けろ!」などと言ってくるケースもあるそうです。冒頭の『プロジェクトA』のワンシーンのごとく「私は、行進の最中に思い出し笑いをしてしまいました! すみませんでした!」などと、二十分近く延々と言わされていたのを友人は見たそうです。
この話を聞いたのは、平成の半ばでした。時代が令和に変わり、さすがにここまでバカなことはしていないだろう……とは思うのですが、たまに刑務所内のドキュメント番組など観ると「イッチ、ニー!」という行進をしている映像が流れたりします。軍隊式の行動訓練は、未だに健在なようですね。やはり私は、刑務所には入りたくありません。
蛇足になりますが、昭和のブラック企業の新人研修では、こんなのが当たり前のようにあったそうです。とある企業では、ヘマをした新人が全裸で作業をさせられていたという話を聞きました。さらに昭和の刑務所では、言うことを聞かない受刑者を刑務官が革手錠で動けなくした状態でリンチしたこともあったとか。「今の日本は終わってる」「昔の日本には夢があった」などと言っている人たちは、こうした話を知った上で言っているのでしょうかね。




