ある企業で見た障害者たち
このエッセイの七十七話『とある企業で起きたこと』の章でも書きましたが、私は以前に某物流系の会社でアルバイトをしていました。当時は九時から十六時まで仕事をしており、それが終わると物流系の会社で二時間アルバイトをする……という、いわゆるダブルワーカーでした。昼の仕事と夜の仕事は内容が全く異なっていたため、さほど苦にならなかったですね……仕事だけなら。
しかし、この某物流系企業は……当時、パワハラが横行していました。アンガールズ田中似の社員が年上のアルバイトに間違った指示を出しながら、その間違いを指摘されると謝りもせず「わかったわかった」と言いながら肩をポンポン叩くという対応でバイトをキレさせ、挙げ句に泣きそうな顔で「暴力はいけないだろ!」と言った……という話は以前に書きましたが、高校を卒業したばかりの社員が中年のアルバイトに対し「バカヤロウこの野郎」みたいな説教をして、最終的にバイトがキレて仕事の途中で帰ってしまう……というのは、当たり前のようにありました。
そんな某会社ですが、知的障害者が社員として雇用されてもいました。何かのテレビ番組にて、その会社が取り上げられ「我々は、障害者も積極的に雇用しております。もちろん、差別などありません。多様性の時代に向け、バリアフリーの実現に向け企業努力を怠っておりません」というようなアピールをしておりました。
その発言の真偽は不明です。が、私が現場で見たのは……おおよそ、バリアフリーとはかけ離れたものでした。
障害者たちは、朝の九時から十七時まで(正確には十六時五十分くらいまで)勤務していました。私は当時、十七時から十九時までの二時間勤務です。したがって、一緒に仕事をすることはありませんでした。が、私は十六時の四十五分あたりには、事務所にてタイムカードを押していました。そのため、彼らがどんな仕事をしているか、また彼らがどのような扱いを受けているかを近くで見ることが出来たのです。
まず、さすがに暴力はなかったようでした(私が見てないだけの可能性もあります)。が、障害者たちを仕事中に怒鳴りつけていたのは何度か見ました。まあ、罵詈雑言が飛び交いパワハラが当然のごとく横行していた職場でしたので、これは仕方ない……といっていいかは微妙ですが、一般のバイトにも障害者にも平等に罵詈雑言を浴びせていたのは間違いないですね。
それよりも気になったのは、言葉の端々に見られる差別意識でした。例えて言うなら『アルジャーノンに花束を』という本で主人公のチャーリー・ゴードンが勤めていたパン屋の雰囲気そのまんまなんですよね。明らかに、馬鹿にした態度で嘲笑とともに指示したりしていたのですよ。しかも上の立場の社員同士で話している時も「おいおい、俺の班に障害者を押し付けないでくれよ」というような言葉が、当然のごとく飛び交っていました。少なくとも、私のいた某物流系企業の支部において、差別意識が丸だしだったのは間違いないですね。バリアフリーという概念とは程遠い環境でした。
結局、この会社は「我々は障害者も差別しない優良企業ですよ」というアピールのために、障害者を雇用していたのでしょう。それ自体を責める気はありません。ただし、それがお互いにとってプラスになっていたか? と問われたら、首を傾げざるを得ないですね。障害者は、あんな職場にいて楽しかったのでしょうか。少なくとも、田中みたいな「アルバイトに命令できる立場」を得ただけでパワハラをガンガンする若者が多い環境で仕事をすることが、彼らにとって幸せとは思えません。
また、社員たちにとっても、差別意識を助長させるだけだったように思われます。
まあ、この時期は会社にとっても過渡期だったのかも知れません。もう十年も前の話ですし、今は改善されている可能性もあります。ただし、当時はこんな環境だった……という事実も、知っていただけると幸いです。ちなみに、この某会社の別の支部ではバイトが社員を刺殺する事件が起きています。
ここからは余談ですが、私は知人たちから「プエルトリコの囚人」「ゴツい小峠」などと言われるくらい人相が悪いです。が、この某会社でそんな私と仲良くなった障害者の青年がいました。きっかけは他愛ないことだったのですが、会うと言葉を交わすようになりました。「今日は疲れました」「お疲れ様でした」程度のものですが。
何のつもりだったか未だにわからないのですが、この青年は週に一度くらいの割合で、私に缶コーヒーをおごってくれました。私が「ありがとうございます」といって受けとると「いえいえ、どういたしまして」と、毎回丁寧に言葉を返してくれました。このやり取りから、拙作『はぐれ者――闇に蠢く男たち――』に登場したルイスのキャラが出来ました。今となっては、懐かしい思い出ですね。




