とある小さな事件の真相
これは、かれこれ二十年ほど前に聞いた話です。正直、忘れかけていたのですが……公園にて遊んでいる親子を見て思い出しました。
知人のサン(仮名です)は、覚醒剤の使用と所持で逮捕されました。一審の判決後、訳あって彼は控訴しました。拘置所では、独居に入っていたそうです。相当きつかった、と言っておりました。
そして裁判の日を迎え、サンは裁判所に移動しました。すると、彼は独居に収容されているメンバーだけで集められ、待合室のような場所に入れられたそうです。
サンの部屋には、お爺さんが二人、中国人がひとり、四十代から五十代のおっさんがひとり、サンと同じくらいの年代(二十代から三十代前半)の男がひとりいました。この男を、仮にヨンとしましょう。
午前九時頃から裁判が始まり、ひとりずつ待合室から出て行きます。サンとヨンは、年代が近いことと今まで独居だったこともあり、二人でべらべら喋ったそうです。ただ、お互いの罪名については聞きませんでした。
やがて、サンの番が来ました。彼は高等裁判所にて判決を降され、懲役一年二ヶ月の実刑判決でした。これは、サンの計算通りだったようです。
その後、ヨンも裁判へと行きました。サンはへらへら笑いながら「一年二ヶ月ならションベン刑ですから、パッと行って来ますよ」などと他の者たちと話していたそうです。もっとも心の中では「刑務所いきたくねえなあ」などと思っていたそうですが。
しばらく経ち、ヨンは戻って来ました。が、その顔は蒼白になっています。何があったのか聞くと、こんなことを言い出したのです。
「俺は、無実なんだ」
話によれば、ヨンは公園で見知らぬ男の子と仲良くなりました。ヨンはかつて野球をやっており、男の子にいろいろ教えたそうです。
翌日も、ヨンは男の子と遊びました。野球を教えたり、一緒に駄菓子を買いに行ったりしました。
ところが数日後、ヨンは逮捕されたのです。罪名は、未成年の誘拐と猥褻罪でした。
ヨンいわく、野球の指導をした際に「腰で打て」といいながら体に触れたそうなのですが、男の子は親に「お腹やお尻を何度も触られた」と言ったそうです。また、一緒に駄菓子を買いに行ったのが誘拐に当たる……とも言っていました。
警察署でも裁判でも、ヨンは無罪を主張し続けましたが……二年半の実刑判決を受けたそうです。
「それひどいじゃん。控訴して無実を主張した方がいいよ」
とサンが言ったところ、ヨンは首を横に振りました。
「いや、もういい。これ以上、独居にいるのは耐えられない。仮釈放もらえば二年ちょいで出られるから、さっさと刑務所行くよ」
この後、ヨンがどうなったかは知りません。サンたちはこの後、独居に戻りました。当然ながら、ヨンのその後など調べようがありません。
以前にも書きましたが、東京拘置所の独居房で過ごすというのは……我々の想像を絶する辛さのようです。スマホもパソコンもなく、ネットから遮断された状態です。テレビもなく、本も一週間で二冊。話し相手もなく、自由に寝転がることすら出来ず狭い室内に監禁され続ける……キツイでしょうね。その退屈さは尋常ではなく、長く収容されているうちに精神的におかしくなる人もいるとか。
そんな環境の中で、無罪を争う……これは、もはやメンタルが強い弱いだけの問題ではないでしょうね。実際、サンも「独居の中では、室内で上手く暇を潰す方法を知らないと、本当におかしくなる」と言っていました。
こんな環境が続くくらいなら、罪を認めた方がマシ……そういう心境になっても不思議はないでしょう。
と、ここで終わればキリがいいのかも知れませんが……この件には、違う側面もあるのです。
話を聞き終えた私は、サンに聞きました。
「そのヨンて人は、本当に無罪だと思いますか?」
すると、サンはこう答えました。
「俺は、あいつはやってると思うよ。いくら日本の警察がひどいって言っても、それくらいで逮捕されて起訴されて、挙げ句に実刑までいくとは思えない。もっとヤバいことをやったんじゃないかって気はする」
果たして、どちらが正しいのか私にはわかりません。はっきり言うなら、真実は神にしかわからないでしょう。たた、日本は簡単に冤罪を生み出せる環境がある……と同時に、犯罪者はとんでもない嘘を平気でつくということも知っておいていただけると幸いです。




