チカンアカン
先日、とある方の作品を見ていて、ふと思い出したことがありました。これは間抜けな話ではありますが、一歩間違えると恐ろしいことにもなりかねないですね。
これは、かなり昔に私が体験したことです。
その日、私は電車に乗っていました。時間は、午後四時から六時の間くらいだったでしょうか。電車内はかなり混んでおり、私はドア付近に立っていたのです。周囲には、サラリーマン風の人たちが大勢立っていました。
私は息苦しさを感じつつ、ドアのガラス越しに外の風景を眺めつつ、早く着いてくれないかな……などと思っていました。
その時です、尻のあたりに妙な感触を覚えたのは……。
初めは、気のせいかと思いました。が、それは続いています。どう考えても、気のせいではありません。
これは、痴漢なのか……愕然となりました。言うまでもなく、私は男です。スキンヘッドで、体重は八十五キロ以上あります。女の子に間違えられるタイプではありません。
そんな私の尻を撫でまくるとは……ひょっとして、ホモの痴漢なのか? などと考えている間も、後ろにいる何者かは私の尻を撫でています。
いい加減にしろ、と思った私は、顔だけをゆっくりと後ろに向けました。背後にいたのは、若いサラリーマン風の男です。威嚇するかのごとき表情の私と目が合い「えっ? 何?」と困惑の表情を浮かべていました。
と同時に、私もようやく状況が把握できました。私の尻に触れていたのは、サラリーマンの持っていた鞄だったのです。電車が揺れれば、サラリーマンも揺れます。鞄も揺れます。結果、撫でまわされているような錯覚に陥ってしまったわけなんですよ。
はっきり言ってしまえば、単なる間抜けな勘違いなのですが……この経験は、二つのことを私に教えてくれました。
ひとつは、痴漢に遭った女性の気持ちが、ほんの僅かとはいえ理解できたことです。正直、尻に感触を覚えた時は「はあ?」という感じでした。電車の中で、いきなり尻を撫で回される……実際に体験してみると、ただただ戸惑うだけなんですよ。最初は、何事が起きているのかわかりませんでした。「なんでオレが?」という感じでしたね。
また、頭の中で様々な考えが浮かんだのも確かです。最初は「何かの間違いじゃないか」でしたが、ずっと続いていたので「これは勘違いではない」となり、次に「下手に殴って怪我させたらまずい。まずは睨みつけて、それでもやめないなら掴まえて外に引きずり出そう」などと考えましたが……腕力の弱い女性の場合、怖くて何も言えずされるがままになってしまう可能性もあります。よく「実際に痴漢に遭うと、声なんか出せない」といいますが……それを肌身で感じましたね。
もうひとつは、冤罪の怖さです。この時の鞄の感触は、本当に撫で回されているかのようでした。気が強い女性なら、確認する前にたまたま手近にあった腕を掴み「この人、痴漢です!」などと言っていたかもしれません。
この時、気の弱い男性ならば「えっ? えっ?」となってしまうでしょう。完全な不意打ちにより、自分の身に何が起きたのか把握できないまま警察署で取り調べを受けるかも知れません。先ほど「実際に痴漢に遭うと、声なんか出せない」と書きましたが、男性側も「実際に痴漢の疑いをかけられたら、とっさに言い返す言葉が出て来ない」可能性があります。さらに周囲から、女性の味方をする者が現れたら……かなり不利ですよね。
痴漢冤罪に関して詳しく知りたい人は、詳細なデータが載っている記事や体験談などが探せば見つかると思うので、そちらを見ていただく方がいいでしょう。ただ、痴漢冤罪は簡単に起こりうるということは覚えておいていただきたいですね。
あと、警察の取り調べは甘く見ない方がいいですよ。どっかのエッセイに書かれていたような「弁護士を呼べ」くらいの発言で、あっさり引いてしまう刑事などいません。はっきり言って、取り調べは厳しいです。今の刑事は、身体への暴力は振るいません。が、言葉の暴力は振るいます。また、心理的な圧力をガンガンかけてきます。「認めれば、楽になれる」という方向にこちらの思考を誘導する術を知っています。警察署に連れて行かれたら、かなりの危機的状況にある……ということも知っておいてください。
最後にもうひとつ。「痴漢に遭ったから安全ピンで刺してやった」「足を踏ん付けてやった」などと、勇ましい武勇伝を語る女性がたまにいます。が、それは傷害罪に問われる可能性のある行動です。また、先ほど書いたように鞄が触れていただけ、という可能性もありますし、犯人でない男性を誤って攻撃してしまう可能性もあるんですよ。さらには、相手が痛みにより逆上する可能性もあります。
誤解されては困るのですが、私は痴漢に対し泣き寝入りしろ、と言っているのではありません。反撃するなとも言いません。ただし、暴力で反撃するのはリスクが伴います。そのリスクを覚悟の上で、それでも痴漢と戦うという強い決意があるのなら、止める気はありません。が、せめて相手を確かめてからにして欲しい……とは思いますね。
それにしても、暴力的な武勇伝を誇らしげに語るのは男性のみかと思っていたのですが、女性の中にもそういう人がいるのですね。ちょっと驚きました。まあ、男性のケースと同じく真偽の怪しいものが多い気がしますが……今回のテーマとはズレるので、ここでは語りません。




