変なおじさん
先日、タレントの志村けんが亡くなりました。
この人は、本当に偉大なコメディアンでして……などという内容にすれば、時節柄ちょうどいいのかもしれませんね。ポイントも稼げるかもしれません。が、あいにく私は志村けんの大ファンというわけではありません。実を言うと、『8時だよ! 全員集合!』は観た記憶がほとんどないんですよね。断片的にしか覚えていません。
そんな私でも、変なおじさんというキャラは知っております。あのキャラは、今の若い少年少女たちにはどんな風に映っていたのでしょうか。
実を言いますと、昭和や平成初期の下町には「変なおじさん」が町内にひとりは居たんですよね。
私の地元には、今から思えばアウトな人間が本当に多かったんですよね……って、これ何度も書いてますよね。ただ、今回は少し違うタイプなんですよ。なお、登場人物は全て仮名です。
まず、夕方になると現れるのが、奇怪な歌を唄いながら徘徊するマークです。年齢は二十代でしょうか。背は高くひょろっとした体型で、肩まで伸びた髪は癖の強い天然パーマでした。色は黒く面長であり、馬のような顔はかなり異様なものを感じさせました。まあ、当時の私は小学生でしたので、余計にそう感じたのかもしれませんが。
このマーク、聴いたこともない英語の歌を大声で唄いながら、近所を歩いていくのです。しかも、最初は普通に唄っているのですが……途中から「ウエッ! オエッ!」と、えずくような声を発しながら歩いていくんですよ。これ、吐いているわけではありません。一度、この男がえずく場面を見たことがありますが、ごく普通の表情でした。通行人とすれ違っても、気にする素振りもなく奇声を発し続けていたのですよ。通行人の方も「またこいつか」という表情で、無視して通り過ぎていた記憶があります。
困ったことに、このマークがえずき出すと、うちの犬が素早く反応するのです「なんだお前! また来たのか! ケンカ売ってんのか!」とでも言わんばかりに、ワンワンワン! と吠え出すのですよ。その時の顔がまた、敵意むき出しでして……わあわあひゅうひゅうごうごうと、今にもリードをちぎらんばかりの勢いです。
さらに、うちの犬の吠える声を聴いたよその犬が「んだと! かかって来い!」といわんばかりにワンワン吠えます。結果、近所中の犬の大合唱が始まってしまう状態でした。うちの父などは「今度マークが通ったら、犬を放しちまえ」などと言っていたくらいです。
このマーク、私が中学生になったくらいの時に姿を見なくなりました。ちょうど、そのあたりから住民の顔ぶれも変わっていったので……もしかしたら、新しい住民が警察署に苦情の電話を入れたのかも知れません。
マークが消えた理由は不明でしたが、次に登場するゴンゾウが消えた理由は明白でした。このゴンゾウ、ホームレスなのですが……私が中学生の時、警察に逮捕されました。
とはいっても、それまでのゴンゾウは特に悪党だったわけではありません。墓をうろつき、供えてある菓子などをむしゃむしゃ食べる程度です。
そんなゴンゾウの悪さを、町の人たちは見て見ぬふりをしていました。「あいつは可哀相な奴だし、供え物を食べる以外の悪さはしないから」と、町内で黙認していたのです。
ところが、そうもいかない事態が起きました。ある日、ゴンゾウが警察に逮捕されてしまったのです。
近所で聞いた噂によれば、ゴンゾウは墓で何者かと揉めた挙げ句、警察に通報されたようでした。恐らく、どこか遠方から墓参りにきた人と偶然に遭遇し、注意されたのではないかと。挙げ句に揉めてしまい、警察に通報された……これは近所の住人たちの想像でしたが、あながち外れてもいない気はします。
それから時は流れ……二十代の時です。私は、知人と会うため大宮の駅に来ていました。
駅前にて、周囲を見回していた時です。私は、思わず固まってしまいました。目の前を、ゴンゾウが歩いていたのです。
ゴンゾウは、髪も髭も白くなっていました。体も昔より痩せており、フラフラと目の前を歩いていきました。そこそこ人通りはありましたが、彼の周囲だけは誰も近づいていきませんでした。時おり、自販機の釣銭口に手を突っ込んだりしながら、視界から消えていきました。
不思議なのは、ゴンゾウはかなり不健康な生活を送っているはずなのに、髪はフサフサだったんですよね。ホームレスの人ハゲない説がありますが、これは研究の余地ありかもしれません。
今にして思うと、私の地元には本当にいろんな人がいました。まさしく「多様性」そのものでしたね。おかげで、変な人に対する耐性は普通の人よりあるかもしれません。
さらに言うと、いろんな変な人たちが普通にうろうろしていましたが、近所の人たちは許容していたんですよね。どっかのエッセイみたいに「昔はよかった。今は終わってる」などと言うつもりはありませんが、許容という部分だけを見るなら、昔の方がよかった気はします。少なくとも、私の実家のあった場所には、潔癖症の人は住めなかったでしょうね。




