『蘇る金狼』と『銭ゲバ』~昭和が生んだダークヒーロー~
今回の話ですが、香取慎吾のファンは読まない方がいいでしょう。確実に不快な気分になりますので。
統計をとったわけではありませんが、犯罪の九割以上は金の絡むものでしょう。大金が欲しいから、金を奪う。貸した金を返さないから暴力を振るう。大金を貢いだのに、すげなくされたから殺した。などなど、犯罪の動機には大なり小なり金が関係しているものがほとんどでしょうね。
今回は、金のためなら手段を選ばない男が主人公の二作品を紹介します。彼らは、大金を得るため平気で人を殺します。しかも、社会的な成功をも得てしまう……という内容です。当時の底辺に生きる若者たちの願望を具現化したような作品ですね。
『蘇る金狼』
この作品は、もともと一九六二年より連載を開始したハードボイルド小説です。作者は、以前にもこのエッセイで紹介した『野獣死すべし』の大藪春彦先生なのであります。
ストーリーを簡単に説明します。主人公の朝倉哲也は、東和油脂に勤める二十九歳のサラリーマンです。真面目で気弱なサラリーマンの仮面を被っていますが、夜になるとボクシングジムに通い肉体を鍛え上げ、拳銃(違法な手段で手に入れたものです)の腕を磨く裏の顔を持っています。そんな彼の野望は、東和油脂の乗っ取りでした。手始めに、現金輸送車を襲って警備員を殺害し、現金を手にします。そこから、朝倉の戦いが始まるのでした。
この作品は実のところ「気弱なふりをしているが、実はチート能力持ちの主人公」という、なろう作品のテンプレを踏襲しています。当時は大変な人気があったようで、二度の映画化と一度のドラマ化も果たしました。
映画版は、松田優作版のもののみ観ています。これは途中までは原作と同じですが、終盤の展開が異なります。松田優作はワイルドな風貌で迫力はありますが、この役を演じるにはちょっと華奢かな……という気はしますね。ラストの怪演は好きですが。
ドラマ版は……個人的には、主演が原作クラッシャーの前科多数な香取メンバーという時点でアウトですね(ファンの方、すみません)。内容も原作とはかなり異なっているとか。ほとんど観ていませんし興味もありませんが……ただ、このドラマ版を高く評価する人も少なからず存在しています。なので、まずは自身の目で観て判断されるのがよいでしょう。VHS化もDVD化もされていないそうなので、全話視聴は困難ですが。
ちなみに放送されていた当時、偶然にこのドラマのCMが流れたのを観ましたが……「ずっと見てたぞモギアリサ!」という呪文のような口調のセリフを聞いて、私はジュースを吹きそうになりました。本人は、危険な雰囲気を出そうとしていたようですが……私の目には、厨二をこじらせた若者が好きな子にちょっかい出しているようにしか見えませんでした。
ついでに、昔ツイッターにて平野耕太先生が「#これに比べたら剛力彩芽ごとき」というタグを付けて「香取慎吾の『蘇る金狼』のリメイク版」と呟いていたのを発見した時は笑ってしまいました。
どうでもいい情報ですが、松田優作版の映画でテーマ曲を歌っているのは、アニメ版コブラのOPで知られる故・前野曜子さんです。
『銭ゲバ』
こちらは、一九七〇年にジョージ秋山先生が少年サンデーにて連載を開始した漫画です。後にドラマにもなっております。この漫画は後の『アシュラ』にも通じるハードな内容なんですよね。
ストーリーを説明します。主人公の蒲郡風太郎は、とても貧しい家に生まれました。同級生や不良少年たちの使い走りをして小銭を稼ぎ、病気の母と生きていく日々なのです。やがて母が亡くなったことがきっかけで、風太郎は悪党の道を突っ走るのです──
「銭の為に、兄ちゃんを殺してしまったズラ……もう、銭の為に生きるズラ。銭の為なら、何でもするズラ!」
こんなセリフを吐きながら、風太郎は獣道を歩んで行きます。まず大会社の社長に接触し、家庭に入りこむことに成功しました。次に運転手を殺し、仲間だった青年を殺し、社長を殺します。さらに屋敷に火を放ち、娘と結婚し会社と財産を奪います。しかも、この娘が足が不自由で顔にアザがあるのですが……風太郎は結婚前には「人間は顔じゃないズラ。心ズラ」などと甘い言葉を囁きますが、結婚後は態度が一変します。服を脱がせ、全身にアザのある体をあざ笑い、こう言い放ちます。
「生まれ損ない! 化け物!」
そんなことを言っている風太郎は、少年漫画やラノベの主人公のようなカッコイイ風貌ではありません。背は低く太った体型で、片方の目は醜く歪んでいます。そんな男が、金のために人を殺し、権力を手にしていくわけです。
事実、風太郎は次々と人を殺していきます。目的達成の障害になりうる者たちはもちろんですが……初恋の女、その女を無理やり犯して出来た子供、両方ともに殺してしまいます。個人的に仲良くなった女子高生も、彼女が金の為に体を差し出そうとした途端「君だけは違うと思っていた!」などと言いながら、絞め殺してしまうんですよ。
この点が、『蘇る金狼』の哲也と異なる部分ですね。哲也はたくましいイケメンとして描写されており、必要とあらば殺害もためらいません。ただし、感情に突き動かされての殺しはしません。
しかし風太郎は、どんなに大金を手にしようが、歪んだ部分を引きずって生きています。彼の心のどこかには「殺せば勝ち」というような価値観があるような気がします。初恋の女、子供、交流のある女子高生……風太郎は、彼女たちによって昔に捨て去ったはずの人間性を揺さぶられます。
人間性に目覚めること…これは、彼にとって敗北でしょう。そうなってしまえば、今まで己のしてきたことを罪として認めなくてはなりません。ひいては、自身の行動が間違っていたことを認めることになります。敗北しないためには、人間性を揺さぶるものを殺すしかありません。
この「殺せば勝ち」という価値観に突き動かされた結果が、あのラストの展開に繋がっている……私には、そう思えてなりません。最後に、風太郎の心を大きく揺さぶった者は、果たして何だったのでしょうか?
よろしければ、この作品を手にとってください。そして、自身の目でラストを見てください。人によって、いろんな解釈ができるものと思います。ラストの「てめえたちゃ、みんな銭ゲバじゃねえか」という一文は、是非とも見ていただきたいですね。
あえて欠点を挙げるなら、当時のジョージ秋山は……絵が下手なんですよね。丸っこいギャグ漫画向きの絵でシリアスなシーンや凄惨なシーンを描いていたりするので、その部分が大きなマイナス点です。
ちなみに、この作品はドラマ化しております。原作よりも、かなりマイルドな内容になってはいますが、基本的な展開は同じです。主演は松山ケンイチですが、なかなか鬼気迫る演技でした。ただ、風太郎のイメージとはちょっと違う気もしなくはないですが。
このドラマ版、あまり人気はなかったようです。もっとも、これは仕方ないのかも知れません。放送されていたのは、それまでジャニーズタレント主演の中身の薄いドラマが居座っていた時間帯でしたからね。路線が違い過ぎ、視聴者に敬遠されたのでしょうか。
もしドラマ版をリメイクするなら、いっそR15の映画にするかネット限定にして、原作に忠実かつ現代に合わせた内容にして欲しいものです。ついでに、主演は浜田岳あるいは加藤諒といった、風太郎に似た雰囲気を持つ方にしていただきたいです。
いろいろ書いてきましたが、この二作品は……令和の時代にリメイクしても、ウケない気はしますね。
作品が誕生したのは、昭和の高度経済成長期です。今とは、何もかもが違うんですよね。金がなければ、暇潰しすら出来なかった時代です。ネットなど、もちろんありません。
底辺の若者は、きつい仕事(パワハラが横行するブラック企業)が終われば四畳一間で風呂なしトイレ共同キッチン共同のアパートに帰り、膝を抱えてテレビを見る……そんな生活です。欲しい物は、テレビの画面の中にしかない……そんな状態だったのでしょう。はっきり言って、今の私もたいして変わらない生活ですが。
それ以前に、この時代はテレビすら買えない若者も少なくなかったと聞きます。最近は、家にテレビのない若者も少なくないそうですが……そもそもパソコンやスマホがあれば、テレビなんか必要ないですからね。しかし当時は、テレビが最大の暇潰しだったんですよ。そのテレビがない若者は、家でじっとしているしかありません。そんな状態に耐え切れず、犯罪に走る若者も少なくなかったと聞きます。実際、犯罪発生件数は今よりも多かったそうですから。
四畳一間のテレビもない部屋で、鬱屈した思いを抱えるも、金がないため何も出来ない若者。将来に希望も持てず、友もなく、居場所といえるようなものもない惨めな状態です。金さえあれば、こんな惨めな思いはしないのに……そんな怨念に近いものを抱えた若者たちにとって、身ひとつで底辺から成り上がっていく朝倉哲也や蒲郡風太郎は憧れのヒーローだったのではないでしょうか。
しかし、今の時代はスマホがあります。暇潰しは、スマホがあれば事足りますね。スマホで、いろんな人間と繋がったりも出来ます。さらにネットの到来により、様々な情報が入ってくるようになりました。そうなると、金持ちになることの面倒くささも見えて来たのではいでしょうか。
仮に哲也や風太郎のように、身ひとつで大金を掴んだとしましょう。大金は、持ったら持ったで厄介な面や煩わしい部分があります。さらに現代では、大金は出所を調査される可能性も高いとか。実際に大金を得たことのない私には、よくわかりませんが……そうした情報も、ネットを通じて知ることが出来ます。いまどきの若者たちには「罪を犯してでも大金を掴み成り上がっていく」という展開自体が、古くさくて共感しにくいものなのではないかと。
しかも、今の時代は警察の捜査技術も進歩しています。防犯カメラは様々な場所に設置されていますし、毛髪からDNAを採取することも出来ます。犯罪、特に暴力を用いての犯罪の場合、リスクとリターンの比率が、昔と比べてかなり変わってきているんですよ。さらに、電子マネーも普及してきています。
こんな時代では、人を殺して大金を奪うという行為に、メリットが感じられなくなって来ている気はしますね。
同じ成り上がりでも、死んだ後にチート能力もらって異世界に転生しハーレム築いてウハウハ……という、いわゆる「なろう小説」の方が、現代では受け入れられやすいのでしょうね。ファンタジーなら、おかしな点があっても「これファンタジーだから」「だって魔法だもん」で言い訳が出来ます。
今の時代は、朝倉哲也や蒲郡風太郎の活躍しにくい時代なのは間違いないでしょうね。描く側にとっても、難しい時代といえるでしょう。




