偽装結婚の話
ちょっとダークな小説にて、たまに登場するのが、外国人との偽装結婚です。
わからない人のために説明しますと……日本にて、出稼ぎしたい外国人がいたとしましょう。こういう人たちは、出来ることなら永住権を取得したいはずです。
その場合、一番手っ取り早いのが日本人と結婚することです。そこで出て来るのが、裏の世界のブローカーです。ブローカーは、まず外国人から金をもらい日本人を紹介します。今の相場はいくらか知らないですが、バブルの時代には数百万をもらっていたとか。もちろん貧乏な国の人たちですから、数百万を工面するために様々な人たちから借金するわけです。その中には、外国人版『闇金ウシジマくん』みたいなのもいるわけですね。
次にブローカーは、結婚してくれる日本人を探します。この際、重要なのは金に困っていることと、自らの戸籍の状態にこだわらない人ですね。こんな人を見つけたら、話を持ちかけます。そして商談が成立したら、日本人に百万から二百万ほど謝礼として払うわけです。
こうして、外国人は日本人の嫁という立場を得て日本でガンガン稼ぐことになります。まあ、大半は風俗に勤めることになるでしょうね。借金を返さなくてはならないですし。
さて、二十代の時のことです。当時、私は無職でした。実家で猫のノミ取りをしたり犬の散歩をしたりして暇を潰していたのです。そんな時、友人から電話が来ました。その友人とは、このエッセイにもたまに登場するゴステロです。とは言っても、当時は刑務所を出てから半年かそこら経過した時期でして、まだまともに会話が出来たのです。
「赤井、暇か?」
ゴステロに聞かれた私は「うん、暇だよ」と答えました。すると、こんなことを言ってきたのです。
「実はさ、いい儲け話があるんだよ。なあ、偽装結婚やらねえか?」
私は、興味をそそられました。何もせずに、大金がもらえるのではないか……そんな甘い考えで、話を聞いたのです。しかし、よくよく聞いてみると、甘いものではありませんでした。
まず、もらえる金は百万円もないらしいんですよ。詳しい数字は覚えていませんが、確か六十万から七十万くらいだったかと。
しかも、その金を一括でもらえるわけではありません。最初に二十万から三十万円ほどもらい、残りは分割しての月払いだということでした。その上、国際結婚ともなると色々聞かれるそうなんですよ。なので、話を合わせるための打ち合わせも必要です。
さらに手続きも複雑な上、実家にも連絡がいく……と聞き、面倒くさくなった私は断りました。その後、ゴステロは覚醒剤を打ち始めておかしくなり、連絡は途絶えてしまいました。
それから、しばらく経った時のことです。刑務所に入っていた経験のある知人に、この時の話をしました。すると、知人はこんなことを言ったのです。
「あのな、そういうの甘く見ない方がいいぞ。下手すりゃ、お前消されてたかもしれねえんだから」
えっ? と私は思いました。消されてた、とは穏やかではありません。詳しく聞いてみると、なかなか衝撃的な話だったのです。
外国人、特に貧乏な国の人間と偽装結婚した者の中には、しばらくして行方不明になってしまうケースがあるらしいのです。外国人妻が裏社会の連中と組み、日本人夫に生命保険をかけた後、殺してしまうケースもあるそうなんですよ。
タチの悪い連中だと、死体はきっちりと始末し(見つからない場所に埋めるかバラバラにして燃やしたり薬品で溶かして消し去る)た上で、警察に行方不明者として届けるそうです。そうなると数年後に(期限は七年ですが、もっと短く済むケースもあるとか)、死亡したと見なされて失踪宣告が成立し、保険金が外国人嫁に入って来る……という寸法です。
「刑務所で一緒だった奴が、そんな話してたんだよ。だから、金に困ったからって偽装結婚なんかやったら、やばい外国人に消されるかも知れないぞ。やめとけ」
というわけで、万が一誰かから偽装結婚の依頼が来たとしても、断った方が無難ですよ。仲介するブローカーが信用できる人間だったとしても、外国人妻の方にはどんな知り合いが付いているかはわかりません。殺されては、元も子もないので。
最後になりますが、ある方の書いたエッセイにて「田舎の村で三百万を払い外国人に嫁に来てもらった」という話が載っていました。詳しく書きますと、とある村の人たちが外国人妻のいる家に対し「あの家は、ブローカーに三百万払って外国人に嫁に来てもらったんだ」と噂していた、という話です。二十年ほど前の出来事だったとか。
田舎では、今も外国人(特にアジア系)に対し偏見を持つ人が少なくありません。「三百万払って」という言葉も、偏見から出たデマでしょう……といいたいところですが、仮にその噂が本当だとしましょう。そうなると、ブローカーは夫の家から三百万もらい、さらに外国人妻の方からも数百万を受け取っている可能性があるんですよね。当時は田舎の村にひとりの女性を連れて来るだけで、ざっと六百万から八百万ほどの金が動いていたわけですよ。まさに、濡れ手に粟ですね。もっとも、今はこれほど稼げないでしょうが。




