「お前のためを思って言ってるんだ!」
先日の昼間、かなり年季の入った定食屋に入った時のことです。
設置されていたテレビにて、ドラマが放送していました。何の気なしに観ていたのですが……ちょっと驚いてしまいましたね。
厨房で新人らしき若者が、周囲の年かさの男たちから指示されつつ働いているのですが……それは、罵詈雑言の嵐でした。まあ酷いものでして、リアルにあったならパワハラのそしりを免れないのではないかと思われました。
やがて仕事が終わり、休憩していた時、リーダー格らしき男が若者に言います。
「俺たちは、お前のためを思って言ってるんだからな」
この言葉に、私は思わずため息を吐いてしまいました。やはり、こういう場面というのは昭和生まれにウケるのかもしれませんね。この世代には、根性論や精神論が響くのでしょう。さらに、今時の若者が苦労している姿を見て、精神的に満足したいのかも知れません。
本作品にも何度か登場した暴力音楽教師セダンは、時おりこんなことを喚きました。
「お前らが悪いから殴られるんだ! 先生は、お前らのために殴ってるんだ!」
そんなことを言った直後に、生徒をグーで殴っていたのです。今から考えると、何のためらいもなく生徒をグーで殴り、しかも拳を痛めないあたり、ひょっとしたら空手の経験があったのかも知れませんが……って、話がズレてしまいました。
このセダンの暴力が、私に何をもたらしたかと言いますと……まず、私は音楽が嫌いになりました。次に、テレビなどで小学生が合唱しているシーンを見ると、脊髄反射的に嫌な気分になります。
セダンの暴力は、何ひとつ私のためになっていません。
また、これは私だけではありません。当時の同級生だった者と話すと、時おり「ピアノ弾いてる中年女を見ると腹が立つ」「リコーダーの音色が不快」という言葉がポロッと飛び出たりします。言うまでもなく、セダンのせいでしょうね。
最近、教師間のイジメが話題になりましたが、イジメている側のリーダー格は四十代の女教師だったとか。そういえば、セダンも当時は四十代から五十代くらいの年齢でした。セダンも、イジメくらい平気でやるタイプでしょうね。本人のため、などと言いながら……もしかしたら本気で、本人のためになると信じてイジメをやるかもしれません。「この程度のことで潰れるようなら、学級崩壊やモンスターペアレントと戦える教師になることなど出来ない」などと言い出しそうで怖いです。
また話がズレてきましたので、元に戻します。実は、ヤクザやチンピラの中にも、このセリフを多用するタイプがいます。『武勇伝を語る男』の章に登場した与太郎などは、人のことをぐじぐじ責めた後「俺はな、お前のためを思って言ってるんだからな」などと言っていました。
また、昔ヤクザの部屋住みをしていた人に聞いた話ですが、兄貴分に灰皿でぶん殴られ頭をカチ割られた直後「俺はな、お前のためを思って厳しくしてるんだ! 中途半端なことしてんじゃねえ!」などと怒鳴られたそうです。その言葉を、頭から流血した状態で正座し聞いていたとか……ここまで来ると、もはやコントのネタにしか思えません。カルト教団やブラック企業なども、このセリフを用いて相手を洗脳していくらしいですね。
上に挙げた例は極端なものですが、どこの世界に行っても、こういう人間がひとりはいます。何かというと説教しマウントを取り、挙げ句に「俺はな、お前のためを思って言ってるんだ!」という人が……結局のところ、こういう人の半分くらいは説教してる自分に酔いたいだけだったりします。で、「お前のためを思って」という言葉を免罪符として用いているんですよね。
もっとも、説教する人の全てがそうとは限りません。中には、純粋に相手のためを思う人もいるでしょう。そのあたりは、自身で見分けるしかありませんが……マウント目的の人ははっきり言って面倒くさいので、かかわらないのが得策でしょうね。
そういえば以前、とある人が「料理店で何年も修行するなんてバカバカしい」と発言し炎上していたようです。私には、この発言が正しいかどうかはわかりません。が、罵詈雑言のような言葉で命令した挙げ句「俺は、お前のためを思って言ってるんだ」と言い訳めいたことを言う人間の下で修行したくないのは間違いないですね。




