おっさんずテビュー
私が高校生の時、こんな言葉をよく耳にしていました。
「あいつ、高校デビューだってよ」
高校デビューとは……いちいち説明するまでもないでしょうね。中学の時は真面目な生徒だったのに、高校に入ってから急にヤンキー化した者のことです。まあ、褒められるような称号でないのは間違いないですね。
さて、世の中には……いい年齢になってからデビューしてしまう人もいます。
具体的な数字を言いますと、三十歳を過ぎてから急に変わる人がいるんですよ。中学高校大学と真面目に生き、何の問題も起こさず就職し、どうにか三十歳までやってこられました。
なぜか、そこで急に変わってしまう者がいるんですよね。三十歳という年齢はあくまでも例えですが、三十代の前半でいきなり変わってしまった者を、何人か見かけたことがあります。
実際、この年代というのは微妙なんですよね。世間的に見れば間違いなくおっさんですが、本人はまだ若いつもりです。しかも、おっさんデビューする人は皆、学生時代は地味目のグループに属していました。が、心のどこかで派手目のグループに憧れていたタイプです。
そういう人たちが、三十代に入り「もう若くない」「いや、まだ若い」という内面の葛藤から……失われた青春を取り戻そう! と、いきなり髪を染めたり、服装や行動が派手になったりするケースがあるんですね。
まあ、その段階で止まってくれればいいのですが……中には、若い女の子に向かい「俺も昔は悪かった」式の武勇伝を語り出す人もいます。さらには、インテリヤクザ風のキャラ設定をしてしまう人までいます。
ただ、こういう人たちというのは、裏社会の住人からすれば、いいカモだったりするんですよね。
実は、おっさんになってから薬物にハマるような人間の中には、この手のタイプが少なくないんですよ。こういう「おっさんデビュー」したような人たちは、周囲の人間におだてられると舞い上がってしまいます。
ここに、おっさんデビューした人がいたとします。名前は田中くんとしましょう。今まで真面目に生きていたのに、一念発起しおっさんデビューしてしまいました。
そんな田中くんは、最近仲良くなった若い娘に囲まれ、有頂天になっていました。挙げ句に、ネットで見ただけの知識を基にした武勇伝を、得意げに延々と語ったりします。
そんな時、ひとりの女の子が覚醒剤の入ったパケを取り出しました。
「これ、やんない?」
もちろん、覚醒剤だとは言いません。適当な名前の、合法的な薬物だ……などと言いながら、言葉巧みに誘うでしょう。
そうなると、断るのは非常に難しいでしょう。仮に「俺はそんなのやらねえよ」と言ったとなると、確実に場は白けます。口にこそ出しませんが「つまんねえ奴」という空気が辺りを支配することでしょう。さらには「さっきまで散々、俺は昔は悪かった……とかフイておいて、こんなもんにビビってんの?」みたいなことを言われるかもしれません。
この状況下で「それでもボクはやらない」と強い意思を発揮し、その場を立ち去れるような人間であるなら、最初からおっさんデビューなどしていません。恐らくは、やってしまうでしょう。「合法なら問題ないだろう」などと、内心で言い訳しながら……最初は気化した煙を吸い、いい気分で盛り上がって終わりでしょう。
しかし、いったん出来てしまった関係は、そこでは終わりません。その上、今までは心の中にあったはずの薬物に対する警戒心やハードルが、この時点で既に消えています。田中くんは、何のためらいもなく彼女とともに薬物をやるでしょう。それが続いていき……気がつくと、薬物にどっぷりとハマった状態になるんですよ。
独身の社会人が薬物にハマると、始末に負えないです。若い子に比べれば金もありますし、止めるような同居人もいません。そうなると、とことんまで突き進んでしまうんですよ。
しかも、薬物にハマるだけならまだマシですが……それをネタに、ゆすられる可能性もあります。「会社にバラすよ」「親に言われていいのかな?」「ネットに顔写真付きで拡散しちゃうよ」などと言われたら、ひとたまりもないでしょうね。
言うまでもないことですが、真面目に生きてきた人間は、その生き方を誇りにしていいはずです。元ヤンのような、バカ丸だしの連中を羨む必要などないはずなのですが……「俺も、昔はヤンチャしててよう」などという言葉に憧れてしまう人は一定数いるようですね。本当に、困ったものだと思います。まあ、憧れるだけならいいですが、おっさんデビューだけはやめましょう。こういう目に遭う可能性もありますし、それ以前にみっともないので。
ついでですが、いい年してバカやって捕まるような人の中には、おっさんデビューしたのが原因だという人もそこそこいるような気がします。おっさんになって悪さを覚えると、本当にろくなことがないですね。
もうひとつ付け加えると、四十過ぎてからデビューする人もいるようです。そもそも男というのは、いつまでも中二の部分を捨てきれないのかもしれないですね。




