老人力の暴走
これは昔、私がパチンコ屋でバイトしていた時に遭遇した事件です。他の章に比べると、いくぶん平和な話ではあります。ただし、皆さんの身にも起こりうる話ですので、注意するにこしたことはないかと。なお、パチンコを知らない人にはわからない言葉が出てきますが、無視して読み進めても問題ありません。
その時、私は客に呼ばれ球づまりを直していました。球づまりとは、台の中で球がつまることです……そのまんまですが。台を開け、ちょこちょこっといじれば、すぐに直るようなものです。
直した後、私はチャッカーに球を二発入れてみました。無事に球が出るのを確かめたのち、台を閉めたのです。
直後、隣の台にいた人が立ち上がり、私の前に立ちました。頭は真っ白で顔は皺だらけ、年齢は確実に七十を超えているでしょう。背は低く体つきは痩せており、五十キロもないように見える体格です。
次の瞬間、予想もしなかったことが起きました。その老人は、いきなり私の顔面を叩いたのです。
私は、唖然となりました。相手は痩せこけた老人であり、はっきり言って痛くなかったです。が、何故にこの老人から叩かれなければならないのか、その理由が全くわかりません。怒りよりも、むしろ困惑を感じていました。
ところが、老人はさらにもう一度、私を叩きました。そして、こう言ったのです。
「お前のせいで、リーチが外れただろ!」
一瞬、何を言っているのかわかりませんでした。が、老人が打っていた台を見て、ようやく事態が飲み込めてきました。この老人の台が、リーチがかかっていたようなのです。しかし、私が隣で台を開けて球づまりを直したせいでリーチが外れた……と、思い込んでいるようなのです。
念のため書きますが、単なるバイトごときが台に大当りを発生たり止めたりは出来ません。うろたえた私は、思わずこう言いました。
「いや、それ違いますから」
しかし、老人は納得しませんでした。
「嘘つくな! お前のせいで外れたんだ!」
確か、そんなことを言ったと記憶しています。さらに老人は、もう一度私を叩きました。ぺチンという迫力のない音が響いたのも覚えております。その威力は、女子中学生のパンチ以下のレベルだったことも覚えています。
その時になって、ようやく私の中に怒りが湧いて来ました。
「違うって言ってんじゃん。なんで三発も殴るの?」
言いながら、私は顔を近づけていきました。が、またしても予想外のことが起きます。その老人は、ぱっと私から目を逸らしました。直後、何事もなかったかのように台に戻り、ふたたびパチンコを打ちはじめたのです。
私は、またしても唖然となりました。謝るか、あるいは言い返してくるか、何らかのリアクションがあるだろうと思っていたのです。ところが、それまでの展開を全て無視し、ふたたびパチンコを打ち始める……人の顔を三発も叩いておきながら、何を考えているのでしょうか。
その後、私は副店長に事務所に呼ばれました。よく我慢してくれた、と言われました。ただ、申し訳ないけど今回のことは公にしないでくれ……ともいわれました。警察沙汰にすると、会社として厄介な問題になるようなのです。仕方ないので、わかりましたと答えました。
オフ会でリアルな私を見た人ならわかっていただけるでしょうが、私は一般の人よりは体格がいいです。五十キロもないような老人に、どうこう出来るようなタイプには見えないはずでした。しかし、件の老人は何のためらいもなく私を叩きました。それも三発……これは、もはや普通ではありません。認知症の影響なのでしょうか。
しかも、人の顔を三発叩いておきながら、相手が詰め寄って来たとたんに、何事もなかったのようにパチンコを再開する……この神経を、どう表現すればいいのか私にはわかりません。
まあ、この件は別格としても……キレると暴力を振るう老人というのは、意外と少なくないらしいんですよ。自分にしかわからない理由でキレた挙げ句、自分よりも強い若者に殴りかかっていく……しかも怖いのは、下手に殴り返そうものなら相手が死んでしまうことです。言うまでもないでしょうが、老人は骨も筋力も弱いです。軽く突き飛ばしただけでよろめき、頭を打って死亡……これ、実は珍しくないんじゃないかと思うんですよね。
というわけで、キレた老人に出会ったら、相手にせずに逃げてください。彼らは、駄々をこねる幼児と同じですので。相手にすると時間と労力を空費するだけです。
ちなみに……件の老人はその後もしつこく店に通っていました。私と顔を合わせても、何事もなかったかのような態度です。この面の皮の厚さには、呆れるばかりでした。が、この老人は店の女の子たちの胸や尻を触るようになり、ついに出入り禁止になりました。私を叩いた件は不問だったのに、女の子にセクハラしたら出入り禁止とは……釈然としないものが残りましたね。
とにかく、頭はボケているのに、暴力衝動と性欲だけは残っている老人は恐ろしいです。お気をつけ下さい。




