バールのようなもの
これは、私が二十代だった時の話です。
ある日、知人のエイ(仮名です)さんから連絡が来ました。数年もの間、全く音沙汰がなかったのですが……話を聞くと、予想通り刑務所にいたということでした。
エイさんはご機嫌な様子で、週末に人と会うんだよ……だから、お前も来いと言って来ました。正直、意味がわかりません。
しかし、私は即答しました……いきます、と。当時の私は無職のニートであり、飼い猫のノミ取りを一日に三回、飼い犬の散歩を一日二回、毎日欠かさず行うくらい暇だったのです。
当日、私はドキドキしてました。実は、プロの窃盗犯が来ると聞かされていたのです。窃盗犯、すなわち泥棒です。プロの泥棒となると、ルパン三世のごとき華麗なる盗みのテクニックを駆使したりするのだろうか……などと考えていました。
やがて、泥棒が姿を現しました。見た目は、ルパンというより『ヤッターマン』のボヤッキーに近いです。それも、ふてぶてしくなった感じのボヤッキーですね。
このボヤッキーですが、頼んでもいないのに武勇伝を語り始めました。どこそこのヤクザと知り合いだとか、どこかの店のオーナーになったとか……まあ、ろくでもない奴でした。
私は、来たことを後悔していました。が、仕方ないのでひたすら聞き役に徹しました。すると、話はいつしか泥棒の手口へと移っていったたのです。
しかし、私の想像とは全く異なるものでした。
まず、鍵のかかった扉を開けるには? と聞いたところ、ボヤッキーはすました顔で答えました。
「んなもん、バールでこじ開ける」
私はがっかりしました。てっきり、ピッキングの技術を用いるか、あるいは私の知らない裏技なんかを使うのかと思っていたのです。バールでこじ開ける……まさか、そんなバカでも出来る力ずくの方法を用いるとは予想外でした。
しかし、がっかりしている表情を見せるわけにはいきません。私は、なるほど……とでも言わんばかりの表情で頷きました。すると、ボヤッキーはさらに調子に乗ります。
「俺、金庫だって開けられるよ」
金庫を開ける、それは凄いです。そのあたりを、私は詳しく聞いたのですが……これがまた、想定外でした。
「んなもん、バールで開ける」
私は、唖然となりました。いくらなんでも、バールでは金庫は開かないだろう……と。しかし、ボヤッキーは自信たっぷりな表情で語ります。
「高くて頑丈な奴は開かないけど、安い奴ならバールでも開くよ。時間はかかるけどな」
本当にがっかりでしたね。金庫破りといえば、聴診器を使い慎重にダイヤルを回し、僅かな音の違いからナンバーを当てる……というような、映画やドラマなどで見るテクニカルな手口を想像していました。それが、まさかバールとは。技術もひねりも無い、これまたバカでも出来る技です。まあ、コツはあるのかもしれませんが。
その後も、ボヤッキーは武勇伝を語り続けました。車で店に突っ込み、防犯装置が作動し警備員が駆けつける前に品物を取って逃げた話や、空き巣に入ったら住人がいて捕まりそうになったからバールで殴って逃げた話などなど……はっきり言って、残念な武勇伝ばかりでした。映画やドラマなどに登場するような、高度なテクニックを持ったプロの泥棒とは根本から違っていたのです。
もっとも、考えてみれば当然なんですよね。もともと犯罪者というのは、楽して手っ取り早く稼ぎたい……というようなことばかり考えている人種なんですよね。習得に時間のかかるような難しい技術を、一からコツコツ学んでいく……こんな勤勉な者は、最初から犯罪者にはならないでしょう。結局は、バールで手っ取り早くこじ開ける……こういう方向に行ってしまうのでしょうね。
ただ、例外はいます。幅広い知識を学び技術を習得して、犯罪を行う……こんな奴もいるそうです(私は会ったことないですが)。こういうタイプは、裏社会でも出世するようですね。どこの世界でも、真面目で勤勉な者の方が出世しやすい……これもまた、考えてみれば当たり前の話なんですが。
たまに、ニュースなどで「バールのようなもので殴打され~」という言葉を聞きますが、バールでドアをこじ開け侵入してくる泥棒は、今もまだいるのかも知れません。くれぐれも、気をつけてください。
蛇足ですが、エイさんが私を呼んだ理由は、ボヤッキーとサシで会いたくなかったから……と、後に言っていました。




