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エッセイ書いたんだよ!  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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新宿の黒豹

 今回は、私が幼い頃に近所にいた人の話をします。実話ではありますが、あえて事実とは異なる描写をしている部分もあります。




 その男ハルイチ(もちろん仮名です)は、職業不詳でした。年齢は二十六から七くらい。昼間から外をフラフラしており、時には朝から飲んだくれていることもあったとか。外見は、漫才コンビ『ハライチ』の澤部さんをふてぶてしくした感じであり、パッと見には特に恐そうというわけではありません。もっとも、背中には色の入っていない鯉の絵が描かれていましたが。

 このハルイチは、私の通学路に面する家(両親の持ち家)に住んでいました。そのため、下校の時は家の前を通りかかるのですが、たまにハルイチと出くわすことがありました。


「おう赤井、真面目に勉強してきたか?」


 偉そうな態度で言いながら、ハルイチは道ばたに座ります。私は内心「お前も真面目に働け」などと思っていますが、もちろんそんなことは口にしません。

 と、ここまで書いていてふと思ったのですが、今の若い人には分からない部分もあるかも知れないので、補足の説明をします。私の地元は下町であり、スーツを着たビジネスマンより作業着を着た職人や工員や日雇い労働者の方が多く住んでいました。そんな場所では、近所のどこに何者が住んでいるのか、町内の皆がだいたい把握していたのです。

 しかも私の地元の場合「○○の家の息子、刑務所から出て来たぞ」「◯◯んとこの娘、補導されたらしい」みたいな話が、近所の挨拶代わりに飛び交っていたのです。今から考えると、一種の村社会のような部分がありました。ただ、そういうドロップアウトした人たちに対する差別意識みたいなものは薄かったですね。

 おまけで付け加えますと、私の地元よりもさらにヤバい地域は、都内にいくらでもありました。当時は、そういう時代だったんですね。




 話を戻します。ハルイチは、当時まだ小学生だった私にこんなことを言っていました。


「俺は昔、新宿の黒豹って呼ばれてたんだよ」


 いや、誰があんたを黒豹と呼ぶんだよ……などと、私は子供心に思っていました。もっとも、そのことを口にはしませんでしたが。

 しかし、ハルイチの話は止まりません。さらに、とんでもない武勇伝を語り出すのです。


「新宿に行ったら、タクシーの運転手に黒豹を知ってるか聞いてみろ。みんな知ってるから」


「俺が黒豹と呼ばれてた時代は、とにかく喧嘩に明け暮れていたなあ。十対一とか、当たり前のようにあったぜ。俺も今は丸くなったけどよ」


「新宿警察にも、随分と世話になったぜ。まあ、黒豹の名前で大目に見てもらってたけどな」


 こんな話を、小学生だった私に真顔で語るのです。さらに夏になると、シャツを脱ぎ背中に入った鯉の入れ墨をチラチラ見せながら武勇伝を語ります。ひとしきり話した後「いいか、真面目に勉強しろよ。俺みたいな大人になっちゃ駄目だからな」などという言葉で閉めるのです。絶対ならないよ、と心の中で呟いていましたが。

 そんなハルイチでしたが、私が中学生になるかならないかの時に姿を消しました。あくまで近所の噂ではありますが、ヤバい連中から大金を借りてしまい、実家にいられなくなり北海道に逃げた……という話です。本当のところは不明ですが。

 ちなみに私の両親は「あいつは、ヤクザにもなれなかった半端者のチンピラだ。あいつとは関わるな」と、常々私に言っておりました。




 ハルイチは、近所のほとんどの人からまともに相手にされていない状態でした。それゆえ、小学生の私くらいしか話し相手がいなかったのかな……などと考えると、切ないものが湧いてきますね。

 蛇足ですが、子供は子供なりに計算をしています。少なくとも、当時の私はハルイチの嘘を指摘したらヤバいな……とは思っていました。向こうは大人です。怒らせて殴られでもしたら大変だ、と。だから嘘を信じたふりをして、ウンウン頷いていたのです。

 なので、子供は純真無垢な存在だ……などという言葉を聞くと、ちょっと首を捻ってしまうんですよね。











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