困った病気
今回の話は、以前に知人から聞いた話です。聞いた直後はヘラヘラ笑っていられましたが、最近は笑えなくなってきましたね……。
ある日、知人は警察に逮捕されました。容疑は覚醒剤の所持と使用です。知人は逮捕されるのは初めてであり、絶望感に満ちた気分で留置場へと入って行きました。
彼の入る部屋には、既に先客が二人います。片方は若いチンピラ風、もう片方はサラリーマン風の中年男です。
知人が部屋に入ると、中年男が話しかけてきました。
「何やったの?」
「あっ、シャブです」
「へえ。初めて? それとも執行猶予中?」
「初めてです」
「だったら、執行猶予で出られるね」
そのフレンドリーな態度に、知人はホッとしたそうです。変なのと同じ部屋にならなくてよかった……と、知人は思ったとか。
その評価が変わったのは、中年男が面会のために部屋から出て行った時のことでした。中年男が部屋から出ると同時に、チンピラが話しかけてきました。
「あいつ、何やったか聞いた?」
あいつ、とは中年男のことです。知人は、知らないと答えました。すると、チンピラはクスクス笑いながら言いました。
「あいつ、万引きだぜ」
知人は、それを聞いて唖然となりました。中年男の年齢や態度からして、詐欺や横領ではないか……と漠然と思っていました。まさか、万引きとは。
しかし、話はこれだけでは終わりません。チンピラは、他の刑事から中年男のことをいろいろ聞いたらしいのですが、これがまたとんでもないものでした。
中年男は刑事に取り調べを受けた際、初めは黙秘していたそうです。が、そうなると取り調べもきつくなります。で、ようやく名前と住所とを喋ったらしいのですが、そのどちらもデタラメだったのです。この中年男、何を思ったのか嘘の名前と住所を語ったのです……本物の刑事を相手に。
当然ながら、そんな嘘が通用するはずがりません。中年男は、さらなる取り調べを受けた挙げ句、指紋からあっさりと身元が割れたそうです。
「あいつ、前にも何度か万引きでパクられているんだよ。本人は執行猶予で出られると思ってるみたいだけど、さすがに心証が悪すぎるからな。今回は、刑務所行きだろ」
チンピラは、笑いながら言っていたそうです。
その予言は、現実のものとなりました。やがて判決が下り、中年男は刑務所に行くこととなりました。ちなみに、この中年男は五十を過ぎて無職であり、八十になる母親が面会に来ていたそうです。しかも、病的な万引きの常習犯………まさに「人生詰んだ」という言葉の体言者でしょうね。ここから人生を立て直すには、相当の努力と運が必要でしょうね。もっとも、「相当の努力」が出来るような人ならば、最初からこんな状況には陥っていないでしょうが。
この中年男、生きていれば七十近い老人です。今も、万引きを繰り返し刑務所を出入りしているのでしょうか。まあ、ろくな人生を歩んでいないでしょうね。
万引きという言葉には、どこか軽い印象があります。しかし、決して軽いものではありません。窃盗という犯罪なんですよ。万引きを繰り返した挙げ句に、刑務所行き……これは、珍しいことではありません。
しかも件の中年男の場合は、五十を過ぎています。それまでに何度も逮捕歴がありながら、また繰り返してしまう……これは、もはや病気ですね。私は心の病の専門家ではないので詳しいことはわかりませんが、ヤンキーが数人集まると、その中にひとりくらいは「あいつ、万引き癖があるからな」などと言われるような者がいたりします。心の隙間を埋めるため、万引きを繰り返すようなタイプの人間もいるのかもしれないですね。
蛇足ですが、警察に逮捕されたら、つまらない嘘をつくのだけはやめた方がいいです。嘘がバレた場合、検事や裁判官の心証が格段に悪くなります。下手すると、執行猶予のはずが実刑判決になることもありますので。
また、これまで何度も書いていますが、逮捕されたら下手な抵抗は絶対にしてはいけません。公務執行妨害が罪名にプラスされると、これまた心証が悪くなりますので。
ついでにもうひとつ言いますと、執行猶予中に罪を犯せば即刑務所行きです。が、ごくまれに執行猶予中に犯した罪に対しても執行猶予が付くケースがあります。その筋の人からは「ダブル執行」などとも呼ばれる現象ですが、これを満たす条件のひとつに「社会的制裁を既に受けている」というものがあるそうです。被告人が有名人であり、微罪でありながら大々的に報道された場合に適用されるとか。一般人には、まず起こりえない現象でしょうね。




