真昼の訪問者
これは、だいぶ昔の話です。
あれは、昼の一時か二時ごろだったでしょうか……家のブザーを鳴らす音が聞こえたため、私は玄関に行きドアを開けました。すると、見たこともないスーツ姿の男が、ニコニコしながら立っています。
「すみません、私はオモイデ教の活動をしている者です」
オモイデ教とは、このエッセイの初回『ちょっとだけ嫌な実話』に登場した宗教です(もちろん実際の名前ではありません)。当時、ヨマコ先生とA子のバトルを聞かされていた私は、オモイデ教に対し良い印象は持っていませんでした。
私は、その男に向かいヨマコ先生とA子とのやり取りを語りました。最後に、あなたはこの事実をどう思うのか、という言葉を添えて……男は、玄関の所で黙ったまま私の話を聞いていました。
やがて私が語り終えると、男は口を開きました。
「では、A子さんのことについて別の日に話しませんか?」
そう言って、男はパンフレットらしきものを差し出してきました。が、私は拒絶しました。パンフレットはいらない、明日またウチに来い……という意味のことを言いました。実のところ私は、このオモイデ教の男を論破してやる気でいたのです。ヨマコ先生の仇討ちだ、という訳の分からない使命感もありました。
すると男は、明日の夜にまた来ます、と言って帰って行きました。
翌日、男は言葉通りに現れました。ただし、妙な中年女を引き連れて……私は二人の前で、改めてA子の姿勢について聞きました。この現世での努力をバカにし、信者に歪んだ選民思想を植え付けるような教育はいかがなものか……と。
すると男は、落ち着いた口調で語り始めました。我々の教義には、そういった考えは一切ない。また、現世の努力を否定する気もない。A子は、人間として不完全であるがゆえに、そのような誤った考えに陥ってしまったが……彼女を正しい考えに導けなかったのは我々の落ち度で有り、あなたに責められても仕方ない。
私は正直、こんな言葉が返ってくるとは思っていませんでした。我々に逆らうと神の裁きを受けるぞ! というような言葉が飛んで来るのではないか、と想像していましたので……オモイデ教の信者を見直したのは確かですね。
ただし、その気分もすぐに吹っ飛んでしまいました。続いて中年女が話し出したのですが、これがまたとんでもない奴でしたね。
「オモイデ教のおかげで、私は救われた」
「信者の○○さんは、倍率の低い市営住宅に入居できた。オモイデ教のおかげだ」
「●●さんの息子さんは、オモイデ教に入ってから仕事が上手くいっている」
などなど……オモイデ教に入れば、いかなる利益があるかを熱く語ったのです。
私は呆れてしまいました。男の言葉で、オモイデ教に対する気持ちは少し変化していたのですが……この中年女の言葉により、一気にマイナスになりました。現世の利益ばかりを語る中年女の姿は、たまらなく不快なものに見えました。
私は話にならないと判断し「言いたいことは分かったから、さっさと帰ってくれ」という意味の言葉で(もちろんソフトな言い方はしていますが)帰ってもらいました。その後しばらくの間、ポストの中にパンフレットを入れられていました。無論、そのたびに捨てていましたが。
このやり取りから、私は宗教に入信する人間の気持ちが少し理解できた気がしました。男性信者の言葉や態度に、私が心を動かされたのも確かなのです。私が人生に迷っている時期だったら、もう少し話を聞いてみようと考えたかもしれません。そして、オモイデ教の信者になっていた可能性もあります。
あるいは、このやり取りがオモイデ教の施設内で行われていたなら……いや、やはり中年女のポンコツな発言には興ざめしていたかも知れませんが。
いずれにしても、向こうの施設内での話し合いには注意が必要ですね。高額商品を契約させられるケースと同じで、いわばアウェーの戦いになるわけですから。某宗教の施設でTRPGを遊んだ某なろう作家のような強者ならともかく、我々のような一般人が軽い気持ちで宗教団体の施設を訪問するのは避けるのが無難です。
実のところ、この話はもっと前に書こうと思っていました。が、今まですっかり忘れていたのです。なにゆえ、今ごろになって書いたのかといいますと……最近、とあるニュース番組でオモイデ教の名前を聞いたからです。どのようなニュースかはあえて書きませんが、なんとも切ない話でした。




