バイオレンス・ジャック〜関東鬼相撲編の感想
私は幼い頃、引っ込み思案で人見知りでした。またスポーツは苦手で、家にこもりテレビを観たり漫画を読んだりするのが好きな子供でしたね。
そんな私が幼い頃に出会い、強烈な衝撃を受けた漫画といえば……やはり、バイオレンス・ジャックでしょうね。これは、永井豪先生の才能が大噴火を起こした作品といっても過言ではありません。
この『バイオレンス・ジャック』は……関東地獄地震なる大地震により、無法地帯と化した関東地方が舞台となっております。
現在の創作物ではありがちな舞台設定ではありますが、実はこの作品が書かれたのは……なんと一九七三年なんですよ。
核戦争により無法地帯と化した世界を描いた作品には、『マッドマックス2』『北斗の拳』などがあります。『北斗の拳』は、『マッドマックス2』の影響が色濃いですが……それらの作品よりも遥か前に、永井豪先生は世紀末作品を書いていたわけです。
さらに、この作品は永井豪先生の変態ぶりも随所に現れているのですが……そこはひとまず置きましょう。今回は、バイオレンスジャックの中でも屈指の名作である『関東鬼相撲編』を紹介します。なお屈指の名作というのは、あくまで私の独断と偏見によるものです。
先ほども書いたように、この作品の舞台は無法地帯と化した関東です。そこでは力が正義であり、弱き者や力なき者は生きることすらままなりません。
そんな関東に生きる海堂猛志は十四歳の少年です。彼は幼い子供たちを率いて、今日も野犬と戦い仕留めました。ちなみに野犬といっても、子供の腕を簡単に食いちぎるくらいの殺傷能力の持ち主です。つまり彼らは、竹やりや弓といった原始的な武器で凶暴な猛獣と戦っているのです。
しかし、せっかく仕留めた獲物も、子供たちは味わうことが出来ません。なぜなら、彼らは『鬼川部屋』の力士たちによって支配されているからです。
この鬼川部屋の面々ですが、今になって読むとツッコミ所満載なんですよね。無法地帯と化しているはずなのに、彼らは何故かマワシを付けて着物を着てるんですよ。しかも、ご丁寧にマゲまで結ってます。その姿で稽古までしてるんですよ。お前ら、実はものすごく真面目なんじゃないか? と言いたくなりますね。
無法地帯にありながらも、なお相撲道に邁進し部屋のしきたりにこだわる彼ら。ですが、それ以外の行動は……モヒカン頭で「ヒャッハー!」と叫ぶ人たちも裸足で逃げ出す極悪ぶりです。
野犬との戦いで腕を食いちぎられた幼い子供を抱え「医者に診せてやってくれ!」と頼む猛志に、鬼熊関はこんなことを言います。
「片腕では、この関東で生きていくのは辛かろう。今、死んだ方が幸せかも知れんぞ……そうじゃ、それがええ!」
わめくと同時に、鬼熊関は子供の背骨をへし折ります。かつてカラオケのリモコンで、後輩の頭をカチ割った某元横綱も真っ青になって逃げ出すような悪行に、猛志は怒り狂いました。武器を手に立ち向かって行きますが……相手は心は腐っていても肉体は力士です。十四歳の少年が勝てるはずがありません。彼は叩きのめされ、全裸で大木に吊されます。一歩間違うと何かのプレイのようですが、相手はむくつけきオッサン力士ですので……。
さらに力士たちは、猛志の目の前で幼なじみの美少女るみまで全裸にして凌辱しようとするのですが、その時にとんでもないことが起きます。突然、辺り一帯を大地震が襲い、力士たちは恐怖のあまり地面に倒れて顔を覆い隠します。
やがて地震が収まった時、猛志とるみの姿は大木ごと消えていました。
意識を取り戻した猛志とるみの前には、見たこともないような巨大な男がいました。男は見た目と違い優しく、猛志とるみに食物を与えます。
るみは、このまま二人で逃げよう……と猛志に言います。帰ったら、もっとひどい目逃げ遭わされると。しかし、猛志は幼い子供たちを見捨てることが出来ません。るみを説得し、男に別れを告げて鬼川部屋へと帰って行きます。
ところが、待っていたのはさらなる地獄でした。幼い子供たちは皆殺しにされていたのです。
「逃亡の罪がいかに重いか分かったか!」
「仲間のガキどもは皆殺しにしてやったぞ!」
「またガキをかき集めて、わしらの食糧集めをやらせるんじゃ! 分かったか猛志!」
口々にこんなことを言う力士たち……まあ恐ろしい連中です。『マッドマックス2』のヒューマンガスもちびりそうな極悪人ですね。
そんな極悪人に、猛志は言うのです。
「わからねえぞ……わかってたまるか! 罪もなく死んでいったこいつらのためにも、わかっちゃいけないんだ! てめえらの食糧集めなんざ、二度とやらねえからそう思え!」
その言葉の代償は、あまりに大きなものでした。るみは凌辱されそうになり舌を噛んで自殺し、猛志は叩きのめされます。
泣きながら、仲間たちの墓穴を掘る猛志。そこに、あの巨大な男が現れました。男は、脇に立て掛けられている竹やりを見ます。
「あれが、お前の武器か。あんなもので、奴らと戦う気か?」
「当たり前だ! あいつら、生かしておけない!」
答える猛志。そう、彼は命を捨てても力士たちに立ち向かうつもりだったのです。しかし、男の言葉は冷たいものでした。
「無駄だ。お前では奴らの一人すら殺すことは出来ない。お前は、無駄に命を落とすだけだ」
その言葉が真実であることは、猛志自身が一番よくわかっていました。大男は、続けて言います。
「猛志、お前は何のために戦う? 可哀相な者たちを、これ以上増やさないためではないのか? お前が死んで奴らが生き延びれば、また不幸な子供たちが出るのではないのか? お前は、それでいいと言えるのか?」
直後、大男は猛志の肩に触れました。彼の目を見ながら、じっくり問い掛けます。
「お前にも、奴らに勝てる方法があるはずだ。よく考えろ猛志……何かあるはずだ」
すると、猛志は言いました。
「あったぞ! あんたは、奴らよりでかい! あんたなら、奴らに勝てるかも知れない! 俺は、あんたを雇う!」
「人を雇うには、代償が必要だ。金か、物か……お前は、何を支払うのだ?」
「俺は、この通り何もない浮浪児だ。あんたにあげられる物は、一つしかない……命だ! 頼む! 俺の命を受け取ってくれ!」
その時、大男はニヤリと笑います。
「お前の命か。随分と俺を高く買ってくれるじゃないか」
直後、大男は巨大なジャックナイフを抜きました。さらに、空に向かい獣のごとき咆哮……まるで、開戦ののろしのように。その時、ようやく猛志は悟ります。
「バイオレンス・ジャック!?」
大男の正体は、バイオレンス・ジャックだったのです。巨大なジャックナイフを振るい、行く先々で暴力の嵐を巻き起こす伝説の怪物……関東に生きる者ならば誰もが恐れる存在でした。
ジャックは、伝えられている伝説に違わぬ強さを見せつけます。彼は、たった一人で鬼川部屋へと乗り込んで行きました。しかし、あいにく力士たちのほとんどが町へと繰り出しています。残っているのは、下っ端の雑魚ばかりでした。下っ端は震えながら、ジャックに懇願します。
「兄弟子たちがやったんだ。俺たちは関係ねえ」
「兄弟子たちには逆らえねえ。そういうもんなんだよ」
これに対し、ジャックは言い放ちます。
「少年の猛志が立ち向かっているのに、お前たちは黙って見ていたのか? 悪を見逃すことも悪だ!」
直後、ジャックはその場にいたものを皆殺しにしました。
翌日、鬼川部屋のボス鬼王山ら主だった力士たちが帰って来ましたが、さしもの力士たちもバイオレンス・ジャックの名前を聞き、恐怖のあまり逃げ出そうとしました。しかし、鬼王山は言います。
「バイオレンス・ジャックがどれほどのもんじゃ! 鬼川部屋の力を見せたらんかい!」
ジャックを取り囲む力士たち。しかしジャックは恐れる様子もなく、冷静な口調で尋ねます。
「お前たち、人間であることをやめたのか?」
その問いに、力士たちは笑いながら答えました。
「俺たちは、人間なんざとっくの昔にやめてる。この関東で生き延びられるのは、鬼だけよ!」
すると、ジャックは巨大なナイフを抜きます。
「よかろう。いかに関東が地獄であろうとも、地獄の鬼まではいらぬ! お前たち鬼が棲むに相応しい場所まで送り届けてやろう!」
直後、ジャックは力士たちに襲いかかります――
それは、あまりにも一方的な戦いでした。並外れた体格と腕力とを備えている力士たち。しかしジャックの前には赤子も同然です。百キロを遥かに超えているはずの力士たちが、ジャックに飛びかかって行った直後に弾き飛ばされ、叩き潰される……ジャックは虫でも潰すかのごとき勢いで、力士たちを片付けていきます。
弟子たちの不甲斐なさに怒った鬼王山は、ついに自ら出陣します。身長二メートル、体重二百キロの巨体によるぶちかましにより、一度はジャックを吹っ飛ばします。常人なら即死ものの攻撃ですが、ジャックはあっさりと立ち上がります。なおも突進して来る鬼王山をがっちり正面から受け止め、なんとダブルアーム・スープレックスでぶん投げるのです。かつて『グラップラー刃牙』にてプロレスラーが力士をダブルアーム・スープレックスで投げるシーンがありましたが、その二十年以上前にバイオレンス・ジャックにて描かれていたのです。
さらにジャックは鬼王山を抱え上げ、アルゼンチン・バックブリーカーで背骨をへし折るのです。バックブリーカーの使い手といえばKOFのクラークですが、ジャックのバックブリーカーはクラークに優るとも劣らないものでした……KOFを知らない方、すみません。
最後、ジャックは鬼熊関の首をナイフでぶった切り、その場を立ち去ろうとします。その時、猛志は叫びました。
「待ってくれ! 俺は、あんたに命を売ったんだ! なんでも言ってくれよ!」
その言葉にジャックは足を止め、振り返ります。
「海堂猛志! たった今より、どんなに苦しくとも……一生涯、俺の言う通りに生きるのだ! それが、俺に命を売った者のさだめだ!」
「どんなことでも聞くよ、ジャック」
答える猛志に、ジャックの放ったのはたった一言でした。
「心……ただしく生きよ」
その数年後、猛志は逞しい青年になっていました。悪逆非道な帝王・スラムキングに対抗する一大勢力を統べる漢になっていたのです。
この『バイオレンス・ジャック』という作品は、基本的に独立した話では構成されており、話ごとに主人公も異なります。共通しているのは関東が舞台だということ、ジャックが登場するということです。さらに、スラムキングもほとんどの話に登場しております。
たいていの場合、ジャックは主人公の味方ですが、時には恐ろしい敵として立ちはだかることもあります。無法地帯に生きる人々がジャックという強大な存在に触れることで変わっていく……もちろん、ジャックの暴れぷりも見所ですが。
さらに、この作品には永井豪先生の生み出したキャラがちょいちょいゲスト出演しております。物語の終盤では、なんとあのキャラとこのキャラが激突……という恐ろしい展開が待っております。興味のある方は是非。




