不正運動
たまにアメリカのB級アクション映画など観ると、刑務所の中でムキムキの囚人たちがウエイトトレーニングをしているシーンがあります。ゴツい黒人が数人で集まり、プレートのいっぱい付いたバーベルでベンチプレスを挙げてたり、怖そうな白人が荒い息づかいでダンベルカールをやっていたり……何だか、えらく怖そうですよね。まあ、他にも怖いシーンがいっぱいありますが。私は絶対、あんな場所に行きたくないですね。
そんなシーンを観ているうちに、私はふと思いました。日本の刑務所はどうなのだろうか、と。もしかして入る前はひ弱だった囚人が、出る頃にはムキムキになっていたりするのだろうか、と。
そこで私は、知人に聞いてみたのです。刑務所に入って、ムキムキになって出てくる奴はいるの? と。そしたら、こんな答えが返ってきました。
「そりゃ、無理」
知人の答えは、素っ気ないものでした。そこで私は、さらに詳しく聞いてみたのですが……そこには、何とも不思議な決まりがあったのです。
あくまで知人たちに聞いた範囲ですが、日本の刑務所には……当然のごとく、ウエイトトレーニングの設備などありません。バーベルもダンベルもないそうです。これは予算のせいなのか、あるいはウエイトトレーニングに対する日本人に特有の偏見のためか、はたまた喧嘩で使われたら困るという意識のせいか……理由は不明です。
いずれにせよ、ウエイトトレーニングの設備などは、どこの刑務所にも無かったそうです。
さらに刑務所では、運動の時間というのが決められていたとか。それ以外の時間帯に運動してはいけないらしいのです。
その運動時間というのが、またひどくて……皆で小学生のように整列し、ラジオ体操のようなものをやらされるとか。その後、グラウンドで好きなように運動させるそうですが、実質的には二十分もないらしいです。
その決められた運動時間以外の時に運動をすると、看守に注意されるとか。下手をすると、そのまま懲罰房へと送られるケースもあるそうです。
「えっ、じゃあ部屋で腕立てとかしてても怒られるんですか?」
と私が聞いたところ、
「もちろんだよ。度重なれば、それが原因で懲罰を受けることもある」
という答えが返ってきました。なんとも厳しい話ですね。念のため説明しますが、懲罰とは刑務所内におけるペナルティです。
それにしても、運動くらい自由にやらせればいいのに……と私などは思うのですが、そうもいかないらしいんですよね。
ある日、知人は仲良くなった若い看守と話をしたらしいのですが……その時、こんなことを言っていたとか。
「運動くらい好きにやらせりゃいいと思うんだけどな、怪我されるのが困るんだよ。囚人が一人怪我すると、あちこちに色々と説明しなきゃならないんだよ。しかも大きな怪我だと、確実に誰かが責任を取らされるからな」
結局、刑務所としては無事に囚人に刑を受けさせることだけが重要であり、中で囚人がどのような目標を持っていようが関係ないんですよね。
『あしたのジョー』ではありませんが、「出所したらボクサーになろう」という目標を立てたとしても、一日二十分ほどの運動時間の中でトレーニングするしかないわけです。これじゃあ、強くなれるわけがありませんね。
ちなみに、部屋で勝手に腕立て伏せなどしていると、看守から「お前、不正運動だぞ!」となどと言われて叱られるそうです。不正運動……まあ、刑務所以外の場所では聞いたことのない言葉ですよね。
名前だけ聞くと、何やら違法な政治活動か何かのようですが、そのまんま不正な運動という意味だとか。何とも捻りのない名称ですよね。まさにお役所仕事という気がします。
また、運動の時間でも腕相撲のようなことをやっていると、叱られるケースもあったとか。これは怪我をしやすいから……などというのが建前の理由ですが、賭けの対象となりやすいから、というのが本音らしいです。真偽は不明ですが。
最後になりますが、仮にウエイトトレーニングの設備があったとしても、ムキムキにはなれないようです。というのも、刑務所は食事の量が決まっているため……痩せることは出来ても、太ることは難しいかと思われます。
筋肉を付けるには、トレーニングもさることながら総カロリーが重要なポイントとなります。刑務所の食事は、アスリートに対するメニューとしては今一つだとか……これ以上書いていると、格闘技のエッセイと被るのでここまでとしますが。




