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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第四部  平穏への日々
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第27話  料理の約束

 食事をしながらも、ちらほらと会話を交わした。やっぱりテオドラさんは話好きなようで、不自然に会話が詰まるようなことはなかった。

 その中でこんな話題が出た。

 

「それじゃあ、テオドラさんは自分で料理しないんですか?」

「しないな。その辺で買って済ませてるよ」

「お仕事、忙しそうですもんね」

「それもあるが、この味に慣れてしまったのも大きいな。料理をするにも手間がかかるから」


 なるほど。

 つまり面倒ってことだよね。身も蓋もない言い方しちゃったけど。


 国の中枢にかかわる仕事で気を張っているだろうし、手を抜きたいところはどうしても出てくるだろう。

 それは悪いことじゃない。なんでも一人でやろうとすれば、どこかで無理が出る。そうなれば、今まで普通にできていたことすら面倒になってしまう。

 

 じゃあどうすればいいのか。

 もちろん、一人じゃできないなら二人で協力すればいいのである。

 食事を終えてまったりしている時に、あたしは頃合も何も見計らうことなく切り出した。

 

「あの、テオドラさん」


 言いながら、ちらりとキッチンを見る。なんとなく長期間まともに使われていない雰囲気が漂っている。

 

「あたしに料理を作らせてくれませんか?」


 勇気なんて必要なく、自然と言葉が出ていた。飾り立てることのないあたしの本心。

 疲労と空腹を抱えて帰宅した時に、温かい料理が用意されている。これ以上ないほどに恵まれているのに、ともすれば当たり前のように考えてしまう。

 テオドラさんはそんな経験をしたことがあるのだろうか。もしないのなら、あたしがそのきっかけになりたい。

 

 もちろんテオドラさんに料理を食べてもらいたいという単純な思惑もある。

 けれど一番の理由は、安らげる場所を作りたいということだ。この家をそういう空間にできれば、それはきっとテオドラさんのためになる。

 引いては、リトリエの根っこにある癒しというものに繋がっていくのだと思う。


「……料理、を」


 発した言葉の理由付けに必死なあたしの前では、テオドラさんが目を見開いていた。声もなぜか途切れがちでゆっくりだ。

 あたし、そんなに変なこと言ったかな。それともこれは異世界にありがちなトンデモ設定の一種だろうか。

 ほら、手料理をふるまうことは求婚と同義である、みたいなそういうの。文化が違えば常識も変わるってことは地球でも同じだし。


「えっと、テオドラさん?」

「……作って、くれるのか?」


 驚いたような表情のままテオドラさんが訊ねてくる。まさか予想的中?

 ど、どうしよう。心の準備をする準備さえできていないのに。きっとあたしの顔も相当焦ったものになっているだろう。頭の中も真っ白だ。

 ええい、逃げないって決めたじゃないか。あたしは一度言ったことは貫き通すって決めたんだ。

 

「はい。テオドラさんに、あたしの料理を食べてもらいたいんです」


 あたしの料理を食べてテオドラさんが幸せになってくれたら、と想像してみる。残さず食べてくれて、おいしかったよ、なんて言われたら。

 多分あたしは今までにない嬉しさを得ることができるだろう。なにぶん未経験なので明確なことは言えないけれども。

 それでも、想像するだけで胸の中が温かくなるのは確かだった。


 どうかな。テオドラさん認めてくれるかな。不安が顔を俯かせる。

 なんとなく断られないだろうという推測はできるけど、本当のところはよくわからない。


「……そうか。では頼む」


 その声にゆっくり顔を上げる。

 潤んだ瞳がそこにあった。

 

 えっ、もしかして本格的に変な方向へ進んでたりしないよね。

 なんていらない心配をしていると、テオドラさんがふと察したような表情になった。じっと見つめていたから気付かれたのかもしれない。


「ああ、すまない。手料理が食べられるなんて久々だから、そう思ったら、つい」


 目頭に指先を当てるその姿は、とても絵になっていた。それはもう見とれてしまうくらいに。

 いつの間にか、全身に熱い気持ちが溢れている。じんわりと湧き起こるそれの名前は知らないけど、不快感は欠片もない。

 これがリトリエに重要な何かなんだろうか。少しずつ前に進んでいる感じがする。

 

 あたしの行動でテオドラさんが幸せになってくれる。そう考えるとあたしも嬉しくなる。そんな不思議極まりない循環を、これから作っていけるだろうか。

 

「あまり期待しないでください。こっちの世界の料理、そんなに作ったことないので」


 一応バルトロメアが作るのを見ながら手伝ったことはあるので、何をどうすればいいかは理解している。

 けれど実践するのは初めてだし、保険と照れ隠しを兼ねてそう言ったのだけど。

 

「いや、夏海が作ってくれるんだ。おいしいに決まっているよ」


 小細工なしのストレートがあたしの胸に突き刺さった。加えて真剣な眼差しと潤み続けている瞳。これで心動かない方がおかしいんじゃないだろうか。

 つまり、あたしのドキドキが加速して体温が上昇するのは人間らしい反応であって深い意味なんてないってことだ。

 難しく考えたらダメだ。きっと墓穴を掘って自分で埋まることになる。

 

「えっと……じゃあ色々と用意しないといけないので、少し休んだら買い物してきます」


 材料がなければ料理もできない。これは必要なことなんだ。別にテオドラさんと一度離れて頭を冷やそうなんて魂胆は少ししかない。

 

「……そうか」


 はたから見てもわかりやすいほどテオドラさんから歓喜のオーラが消えた。それはもう、シュンという効果音が聞こえてきそうなくらいに。

 不器用な無表情の下で薄く張った唇が、なんだか小さく震えている。本当に言いたいことを隠しているようなその仕草。一体何を秘めているのだろう。

 

 えっと、これはどうするべきなのかな。

 もしかして一緒に行きたいとか、なんてさすがにないよね。そんな留守番嫌いの小学生じゃないんだから。

 でも、それ以外に理由が思い当たらないのも事実なわけで。

 

「あの」

「夏海」


 言葉が重なった。

 ついでに視線も交わって時が止まる。

 

「あ、すみません。なんでしょうか」

「いや、夏海の後でいい」

「いやいや、テオドラさんこそ」

「いやいやいや、夏海から言ってくれないか」


 こうしてテオドラさんの頑固な一面を知ったわけだけど、いつまでも漫才みたいなやり取りを繰り返すわけにもいかない。

 

「……あの、よかったら道案内をお願いしてもいいですか? あたし、まだこの辺りに慣れてないので」

「ああ、任せてくれ! なんなら荷物持ちにでもなるよ」


 いくらなんでも雇い主に重い荷物を持たせるってどうなんだろう。

 明確な答えは返さず、苦笑をしてみせる。


「それで、テオドラさんのお話は?」

「私はもういいんだ。必要なくなったからな」


 そっか。気にはなるけど、テオドラさんの機嫌が戻ったようだし結果オーライかな。


「よし、では早速行くとしようか」


 ほら、こんなに張り切っちゃってる。

 後ろ姿を見るだけでもまるわかりだ。


「急がなくても、あたしは逃げたりしませんよ」


 何気なく口にした言葉だった。

 だから、テオドラさんが勢いよく振り向いて唖然としたような表情を向けるのには驚かされた。

 

 予想外の反応を見せられて唇が引き締まる。瞬きの回数が増える。全身に薄く汗が滲む。

 まるで時の流れに取り残されたように、あたしだけが動けずにいた。

 

「……そうだな。夏海は、そばにいてくれるよな」


 そんな呟きと共に見せる柔らかい微笑みは、まるで何かを悟っているように見える。

 今の思わせぶりな言葉は一体なんだったんだろう。表情と共に疑問は膨れ上がる。

 けれど訊ねてみる勇気はない。迷うような、困惑するような。そんな難しい顔色を作ることしかできなかった。

 

「どうした、夏海?」

「いえ、その……なんでもありません」


 さっきの様子が何を意味するのか。

 それがわかる日が来るのだろうか。今のあたしにはわからない。

 ただ、テオドラさんのために何かをしたい。それだけだ。


「行きましょう。まずは料理に必要な道具から用意しないと」

「それなら棚の奥に一通りあったはずだが」

「では使えそうな物を見繕っておきましょうか。何を買うかの参考にもなるでしょうし」

「そうだな。手伝うよ」


 料理器具が揃っているというのは、キッチンの横にある戸棚らしい。テオドラさんが先行して中を見せてくれる。

 そして、なんとなく浮かんでいた予想が的中していたことを思い知らされた。

 

「……これは」


 期待を裏切らないということは、時に残酷な結果をもたらすこともあるらしい。

 前衛芸術のように積み上げられた、フライパンや鍋らしき道具の数々。

 なんだろう。この隠しダンジョンを見つけたのに嬉しくないような気持ちは。

 まさかこんな魔窟が残されていたなんて、この家はまだまだ奥が深いようだ。こんなところで深みを出さなくてもいいんだけど。


「はあ……買い物に行くのは、もう少し後になりそうですね」

「ここも片付けるのか?」

「当たり前です。普段は見えないところも綺麗にしておかないと」


 食後の腹ごなしにはちょうどいい。

 そう自分に思い込ませ、触れたら壊れそうな芸術品に手を伸ばす。

 

「あっ」

 

 どんがらがっしゃん、という騒音が新たな掃除の合図となった。

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