第18話 登録の達成
それからバルトロメア直々のリトリエ講習会……とは名ばかりの日常が始まった。
やっていることは何も特別じゃない。
昨日と同じように散歩とおしゃべりをして、あとはバルトロメアが作ってくれたお昼ご飯を一緒に食べた。料理の腕前もなかなかで、おいしいと感想を伝えたら目に見えて照れていたのが可愛かった。
その結果、異世界での新生活に対する緊張が全部吹き飛んだ。
またしてもバルトロメアに癒されたことになる。何気ないことが今のあたしに効果的だって最初から見抜いていたんだろうな。
ずっと遊び歩いてたわけじゃなく、合間に少しずつリトリエについての周辺知識なんかも教えてくれた。
せっかく教えてもらったんだ。復習の意味も込めて、あたしなりに振り返ってみよう。
一番心配なのは、変な人がアレな目的でリトリエの申請に来るんじゃないかってことだった。
こんなのをあっちの世界でやったらすぐ変な方向に行くだろうから、あたしもその不安は最後まで捨てられなかった。
けれど、バルトロメアは自信を持って大丈夫だと言ってくれた。
管理制度がしっかりしており、不届き者がいたらすぐに対処してくれるから身の安全は保障されるようだ。
それに、この国に住む人は基本的に穏やかな性格らしい。
事件がまったくないとは言えないけど、凶悪なものは滅多にないとか。
あっちの世界では毎日のようにどこかで殺人が起こっているって言ったら、腰を抜かすほど驚いて信じられないような顔をされたくらいだ。
あとは、相手が見つかるまでリトリエは課の中で事務や雑用の仕事をしているってことも聞いた。短期のアルバイトみたいな感じだろう。
だけどバルトロメアが言うには「ナツミちゃんは大人気だから登録したら引く手あまただよ! だからそんな心配はいらないんじゃないかな」らしい。
人気だと言われても実感がないからまだなんとも判断できない。あたしを求めてくれるなら、それに応じたい気持ちはある。
もちろん、自分がこの人だ! と思えた時に限るけど。
「さてさて、お待ちかねと言いますか。いよいよナツミちゃんのリトリエ登録だね」
「用紙もちゃんと用意したし、あとは提出するだけかな」
「ナサニエル様のところに行こうか。準備はいい?」
「うん。もう決心はついてるよ」
そんなわけで、あたしはリトリエになることにしました。
いや、別に軽々しく決めたわけじゃないし、そんなに堅苦しくすることでもない。
元々あたしはこうするために異世界まで来たわけだし、不安や疑問はバルトロメアが振り払ってくれたからね。
ちなみに文字が書けない問題はクリア済みだ。
ナサニエルさんに確認してみたら、なんと必要なところを代わりに書いてくれたのだ。あとはあたしが署名をして提出すればそれで手続きが終わってしまう。
元々あたしをリトリエにするつもりで呼び寄せたんだから当然の流れと言えるかもしれないけど、なんだかちょっと申し訳ない気分になってしまう。
ついでに住所不定という現状も解決した。
あたしが召喚されたあの部屋を正式な居住地としていいとお墨付きをもらったのだ。ジリオラさんも同じようなことを言っていたけど、他の偉い人にも認められると実感が増す。
それにしても、異世界から来たというだけでこんなに優遇されるのはお約束なんだろうか。
申し訳なさは少なからずある。けれど遠慮すると先に進めなくなるし、こういうのは気にしたら負けなのかも。
こうやって頭の中でグルグル色んなことを考えているのは、ナサニエルさんが書類に目を通す間の暇潰しみたいなものだった。
ほとんど自分で書いたのに確認を怠らない姿は、仕事に手を抜いていない証拠みたいでカッコよく見える。
「……よし、ではナツミのリトリエ登録を受理しよう。時々は顔を出して、どのような申請が来ているか確認するといい」
書類から顔を上げたナサニエルさんは相変わらずのいい声でそう助言してくれた。
見た目も渋い魅力が溢れているし、きっと人気も高いんだろうな。実はもう結婚とかしちゃってるのかも。
一方のバルトロメアは我が事のように喜んでいる。
それはもう見るまでもなく明らかというか、全力で抱き締められて嬉しさを注ぎ込まれているから理解しない方がおかしい。
ここ、課の中だから周囲の目がビシビシ突き刺さるんだけどなあ。やめてと言って聞きそうな雰囲気でもないし今は仕方ないか。
それに、こうやって親しみを表現されるのも悪くない。今のところはバルトロメア限定だけど。
「ナツミちゃん、おめでとう! 一緒に頑張ろうね」
「手探り感はあるけど、なんとかなるかな」
「なるよ。アタシがついてるもん」
密着する全身から自信を受け取る。何度も抱き付かれているせいか、恥ずかしさよりも安らぎや嬉しさが強く感じられた。
この温もりがあれば大丈夫。根拠が薄くたって、あたしがそう思ってればいいじゃないか。
「バルトロメア、面倒かけちゃうかもしれないけど、改めてよろしくね」
「ナツミちゃんの面倒だったら喜んで受け止めるよ」
これ以上ないほどの近さで微笑み合って、あたしからも抱き返す。
湧き上がる高揚感を閉じ込めて逃がさないように、強くしっかりと。




