第5話:日常への贈り物
朝の空気は澄んでいて、セレナ村の屋根の上に小さなルゥがちょこんと座っていた。
手のひらサイズの体で、羽をぱたぱたと動かしながら、朝日を浴びている。
セレナは窓を開けて、笑顔で声をかけた。
「おはよう、ルゥ。今日もいい天気だね」
ルゥが小さく鳴いて、セレナの肩に飛び乗る。
その軽さが、なんだかくすぐったくて、セレナはくすりと笑った。
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村の広場では、フィンが旅支度を整えていた。
小さな鞄ひとつ、杖も持たず、まるで散歩に出かけるような軽装だった。
「もう行っちゃうの?」
セレナが尋ねると、フィンは振り返ってにこりと笑った。
「うん。この村は、もう十分にあったかい。
僕がいなくても、魔法はちゃんと息づいてる」
レオニスが隣に立ち、静かに言った。
「君の魔法は、王都の術式とはまるで違う。
でも、君が教えてくれた“魔法の在り方”は、僕たちに必要なものだった」
フィンは肩をすくめた。
「魔法は、誰かのために使うもの。
それが戦いでも、笑顔でも、日常でもね」
そして、彼はセレナに小さな包みを手渡した。
中には、手書きの魔導書と、ルゥの小型化魔法の術式が丁寧に記されていた。
「これは、君への贈り物。
空を翔ける者が、地上でも自由に過ごせるように」
セレナは包みを胸に抱きしめ、深く頭を下げた。
「ありがとう、フィン。あなたに出会えてよかった」
ルゥが肩の上で鳴いた。
それは、感謝の音だった。
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その時、空に低く響く音が広がった。
雲の間から、銀色の魔導飛行艇がゆっくりと降下してくる。
村人たちが目を見張る中、フィンは帽子を押さえて笑った。
「迎えが来たみたいだね。ちょっと派手だけど、僕らしいでしょ?」
彼は足元に魔法陣を描き、ふわりと浮かび上がる。
風に乗るように、軽やかに空へと舞い、飛行艇の甲板に着地した。
セレナとレオニスはその姿を見上げ、静かに手を振った。
フィンは帽子のつばを軽く持ち上げ、最後の笑顔を見せる。
そして、飛行艇は音もなく旋回し、雲の向こうへと消えていった。
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フィンが村を離れたあと、セレナは魔導書を開いて、ルゥの魔力をそっと撫でた。
術式を唱えると、ルゥはふわりと光に包まれ、元のサイズに戻った。
「おかえり、ルゥ」
セレナが言うと、ルゥは翼を広げて空へと舞い上がる。
その姿は、村の空に溶け込むように美しかった。
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夕暮れ。
セレナとレオニスは、丘の上に並んで座っていた。
ルゥは元の姿で、二人の後ろに静かに佇んでいる。
「この村で過ごす日々が、こんなに穏やかだなんて思わなかった」
レオニスが言う。
「王都の空も、戦いも、全部大切だった。
でも、ここで過ごす時間が――私の誇りになっていく気がする」
セレナは、ルゥの背に手を添えながら、静かに微笑んだ。
「私はこの村に帰ってきた。
そして、これからも――この空を守り続ける」
風が吹いた。
それは、日常を運ぶ風だった。
そして、セレナ村の空に、小さな翼と大きな魔法が、静かに息づいていた。




