第1話:静かな散策
セレナ村――そう呼ばれるようになって、まだ二日しか経っていない。
村の入り口に掲げられた新しい看板は、朝日を浴びて柔らかく輝いていた。
「空翔ける者の誇りが宿る場所」という副題は、村人たちが話し合って決めたものだ。
その日、セレナはレオニスとルゥを連れて、村の外れへと足を伸ばしていた。
王都での激動の日々が嘘のように、ここには穏やかな風と、鳥のさえずりがあった。
「こうして歩くのは久しぶりですね」
レオニスが微笑みながら言う。
彼は王冠を戴いたばかりの新しい王だが、この村ではただの旅人のように肩の力を抜いていた。
「ええ。王都では、空を翔けることばかりでしたから」
セレナは笑い、ルゥの首元を撫でる。
ルゥは満足そうに喉を鳴らし、翼を軽く広げて風を感じていた。
小道の両脇には野花が咲き、遠くには麦畑が金色に揺れている。
村の外れにある小さな丘を越えると、そこには静かな川が流れていた。
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川辺に近づくと、釣り竿を手にした小柄な少年が座っていた。
年の頃は十にも満たないように見える。
けれど、その背筋は妙に伸び、動きには無駄がなかった。
「こんにちは」
セレナが声をかけると、少年は振り返り、にこりと笑った。
「やあ、君がセレナか。ルゥも一緒なんだね」
初対面のはずなのに、まるで昔から知っているかのような口ぶりだった。
レオニスが少し眉をひそめる。
「君は……村の子ではないな。どこから来た?」
少年は釣り竿を置き、立ち上がった。
その瞳は、年齢不相応な深い光を宿していた。
「僕はフィン。旅の途中でこの村に立ち寄っただけさ」
そして、ふっと笑みを深める。
「でも、君たちに会うために来たような気もするんだ」
セレナは首をかしげた。
ルゥは少年をじっと見つめ、低く小さく鳴いた。
それは、警戒と興味が入り混じった音だった。
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川面を渡る風が、三人と一匹の間を通り抜ける。
その瞬間、セレナは直感した――この少年は、ただの子どもではない。




