集合写真
人を嫌いになる。
言葉にすれば何とも単純な事柄のように思えるけれど、そこまでたどり着くための過程は意外と複雑だ。
何せ俺はそんな贅沢ができるほどの存在ではない。
俺はこうして誰かとお話したりできるだけで十分幸せなのだ。
人を選り好みできる立場にあるとは思えない。
「お兄って卑屈だよね」
「……そうかな?」
「てか、なんか。お前も人間なんだな」
「え、何それどういうこと? 愛萌は俺の事、人間じゃないと思ってたの? ショック……」
「いや別に悪い意味じゃねぇんだよ。お前って何でも飄々と熟すだろ? 目に見える弱点って、全然ねぇからさ」
「たしかに。ここらを守ってくれたのは嬉しいけど、普通刃物を持った人に立ち向かわないよね」
「いや、一番最初に立ち向かって行ったのは二重さんだけどね……?」
なんか、二重さんの中では俺が二重さんを守ったみたいな感じになってるけど、実際はあの男、俺を狙ってたしね。しかも二重さんが火に油を注いだという。
「命だけの話じゃないよ〜。心も、でしょ?」
ああ、二重さんを抱き締めてしまったあのときですね。
あれは勝手に身体が動いてしまったんです。ごめんなさい。
「これで夏芽がシスコンじゃなければ完璧なんだけどなあ。いやあ、シスコンが先なのかブラコンが先なのか。どっちなのかね」
「……はあ。またその話に戻るのかあ。冬実々もなんか言ってあげてよ」
「私はブラコンじゃない」
「俺もシスコンじゃない」
冬実々にも春花にも親と呼べる存在がいない。
俺はその代わりとして、この子達を精神的にも支えているだけなのだ。
そこら辺をちゃんと理解して欲しい。
「それにさ、左近。妹って存在は、近いようで一番遠い存在なんだよ。いつかはこの子達だってここを巣立つし、誰かを好きになることもある思う」
やがては精神的に自立をし始め、俺もこの子達と少しずつ疎遠になっていくのだろう。
多くの場合、家族の絆というのは薄れる一方だ。
だからと言って、そこに見返りを求めたりはしない。俺自身もいつかは誰かを愛し、この家を巣立つものだから。
「シスコンシスコン言うけどさ、一番傍に居る女の子の一人や二人幸せにできねぇ奴に誰を愛せるんだって話だよ。左近も今日家に帰ったらお母さんの肩を揉んであげた方がいい」
左近はよく母親と喧嘩するらしいけれど、彼が頬をソースで汚しながら頬張っているお弁当は、毎日その母親が用意してくれているものなのだ。
「愛に見返りは求めるべきではない。無償の愛を捧げるべきだよ、左近」
俺がそうであるように。
左近の母がそうであるよう。
「し、シスコンのくせにかっこいいこと言うな!」
家族愛だよ、家族愛。
たとえ二人の妹がふたりの弟でもこの気持ちは変わらないさ。
「無償の愛ねぇ。難しい話はよくわかんねぇけど、あたしはまあ何となくわかる気はするわ。あたしも弟たちの面倒見てっけど、好きでやってるわけでもないし、だからといって義務感でやってるわけでもない。ただ健やかに過ごして欲しいってのが、姉心だな」
「そう。愛萌それ! そういうことだよ!」
俺が言いたいのはそういうことなのだよ。
俺は愛萌の言葉に頷きながら、冬実々と春花の頭をなでる。
「ぐぬぬぬ。と、とりあえず俺は家に帰ったらお袋の肩を揉めばいいんだな? それと、見返りを求めない、だっけか?」
ほんとに揉むんだね。素直だなあ。
「そういうこと。つまり左近がハナを好きになるのは勝手だけれど、簡単に付き合えるとは思うなってことでもある」
「……夏芽くん、それを言いたいがためにわざわざこんなに話を大きくしたんじゃ……。束縛です、独占欲です……」
若干引き気味の夜鶴の声は無視する。
俺はね、自分に都合の悪いことは聞きたくないんだよ。
色々ありながらも、打ち上げパーティーを楽しんだ後、みんなが帰った部屋で取り残された俺と春花は片付けをしていた。
本当ならみんなを送って行きたかったのだけれど、冬実々がどうしても俺抜きで話したいことがあると譲らなかったので、こうして片付け組に選別されてしまった。
まあ、二重さんがここちむ汁を製造できるように、愛萌には人から絡まれない特殊能力がある。
夜鶴と二重さんも家の方向は近いし、多分大丈夫だろう。
むしろ、二重さんほどの人気アイドルをボロアパートに連れ込んだとして、俺が社会的に干される可能性のほうが高いかもしれない。
「お兄ってさ、なんでアレがハナと付き合うのを嫌なフリをするの?」
「……。」
フリ、か。
別にそんなつもりはないんだけどな。
「確かに、ハナが付き合うなら左近みたいな人がいいなとは思ってるよ」
面倒見はいいし、春花のことも大切にしてくれるだろう。性格的にも相性はいいんじゃないかと思う。
でも──だけど、左近は。
『トモ100』のキャラクターだから、攻略ができた。友人ではなく、恋人としても。
そんなゲーム的知識があるせいで俺は彼のことを心から信用できていないのは確かだ。
「でもまあ、寂しいっていうのが本当のところだよ。ハナに彼氏ができた日には冬実々と一緒に夜通し泣いちゃうかも」
「え〜。お兄メンタルざこざこ過ぎ。まあお兄がどう思おうとハナにその気はないんだけどね。安心した?」
「そうだね。でも、人から好かれるってことは、本来とっても嬉しいことなんだと思うよ。あんまり左近を嫌がらないで欲しいな」
「何それ。お兄ってアレとハナどっちの味方なの?」
「さあ。自分でもよく分からないや」
「……変なの」
頭を撫でられながら俯く春花が小さく零す。
そのまま踵を返すと、絞った台拭きで机を拭きはじめた。
「お兄はむしろ、もっと特別扱いを覚えた方がいいと思う」
「そう?」
シスコンと言われる程度には、俺にとって家族というものは特別な存在なんだけどな。
「今日来た女達だってぜーったいお兄のこと狙ってるよ?」
「いやいや、ないよ」
さっきも言った通り、そう思ってた時期もあるっちゃあるけど、それは恥ずかしい勘違いだ。
「だからお兄って卑屈過ぎたなんだって。もっと自分に自信もっていいと思うな。なんて言ったってハナのお兄なんだし」
「それ、俺を褒めてるようで自分を褒めてるんだよね?」
この前皇さんも似たようなことを言っていたぞ。
春花は貧乏人なのに態度のデカさは大富豪級だ。
「でも博愛主義者って何だか人を見下してるようにも見えるけどさ、お兄の場合は逆だよね。人を見上げてる感じ」
見上げてる……?
「お兄、人は平等ではないけれど、友達は対等だよ。恋人は……差別かもしれないけど」
「ハナは大人びたことを言うなあ」
妹に諭されてしまった。少し前まで小学生だったはずなのに。
この子は自分の頭で考え、自分の人生をしっかりと歩んでいるのだろう。
机拭きを終えた春花はニコリと笑うとこちらへ擦り寄ってきた。
「ちなみに家族は対等じゃないよ♡ 兄は妹に尽くす生き物だもん♡ お兄はハナのペットだよ。ほらワンワンって鳴け♡」
こいつはいい事言っても結論が悪いな……。
まあそのうち思春期を迎えればイヤでも離れていくだろうし、今のうちに構っといてあげるのもいいかもしれないが。
「ハナがお兄のパンツと一緒に洗濯しないで、とか言い出したらどうしよう」
春花はしょんぼりと床に座る俺に跨ると耳打ちするように言った。
「もう既に分けてるよ♡」
そっか。
明日は意地でも一緒に洗濯してやろう。
絶対だ絶対!
密かにそんな覚悟をしていた俺の右足に振動が伝わる。
──チュッキップリィィィwww
「ん? 誰だろう」
スマホを開くと、クラスLlNEのグループに1枚の写真があがっていた。
多分俺が保健室で寝てたときに撮ったクラスの集合写真。
当然の如く、俺の姿はなかった。
みんないい笑顔だ……。




