ノリが悪い男
二重心々良視点です。
「すっかり日も暮れて来ましたね」
「そうだね。みんなお腹空いてない?」
「私は大丈夫ですね」
「ここらもへーき」
「姫が平気なら拙者も平気でごわす」
「それより、今日は何時まで遊ぶご予定ですか?」
「あー、確かに、そろそろ意識ないといけない時間帯だね」
「私は閉園までいますよ! 実はですね、閉園時間まで残っていると、ネズミっちの奇妙なアナウンスが流れるという噂がありまして」
「いや、それ、ガセだから」
日も暮れて、夏芽くん達がそろそろ帰りを意識する時間帯。今後の動きについて私たちは話し合っていた。今回の遠足は行きこそバスであったが、解散は現地。帰りは各々の判断でせよとの事だった。
「拙者は何時になっても問題ないでごわす。でも姫は――」
「うーん」
そうなんだよね。
正直、最後まで残りたいという気持ちは山々だ。
私は今日、夏芽くんに「可愛い」と言ってもらうはずだったのに、実際にはそのミッションさえクリアできていない。
でも、あまり帰りが遅くなるのもなあ。
私はアイドルだ。仕事とプライベートを割り切る言ことは難しい職業であり、夜遅くにひとりで出歩くことの危うさだって身に染みて理解している。
うーん。でもなぁ、でもなあー。
このまま何の進展……じゃなくて、成果も得られずに帰るのはちょっとイヤだ。
いや、待てよ。
近衛騎士のクラスメイトひとり落とせないとか、トップアイドルとしての沽券に関わるのでは?
ファンの獲得ができないアイドルに未来はない。つまり私が今やるべきことは夏芽くんの口から可愛いと言わせることなのでは!?
うん! そうだ! それがいい!
夏芽くんが私に可愛いと言うまで今日は帰らない!
これは夏芽くんが好きだから褒めてもらいたいとかじゃなくて──ここちむとしてのプライドだ!
「あ、すごい。ブラックライトっていうんだっけ? 今日の二重さんの服白いから光ってるね。妖精さんみたいで可愛い」
はい。可愛い頂きましたー。
帰らない口実が無くなりましたー。
どうしてだろう。
せっかく目標を達成したというのに全然嬉しくない。
いや、ていうか、今言う!?
私が決意固めて10秒も経ってないよ!
「秋梔殿、話を遮らないで頂きたい。まだ姫がどうするか決めてないでごわす」
「あ、ごめん。どうする? 二重さん」
この男はいつだって私を振り回す。
私は好きになりたいんじゃなくて、好きになってもらいたいのに!
もうっ!
「……いる」
「? ごめんね、よく聞こえなかった」
「私も最後までなっくんと一緒にいる!」
……っあ!
やばい。
やばい。やばい。やばい。
やらかした。
なんだこれ。
こんな大きな声出して……。
死んだ!
私はバッと顔を伏せて咄嗟の言い訳を考える。
ダメだ。羞恥に思考が傾いて全然思考できない。
どうする? 何て言えばいい?
ああーっ、もう……! 顔が熱い!
「……なるほどでごわす。なるほどでごわす。近衛騎士として秋梔殿がここら姫を城まで送れば良いだけの話でごわすな。彼は喧嘩も強いでごわすし、仮に何かあっても、しっかりと守ってくれるでごわすよ」
「……そうなんですか? 私の時は大人数の大人相手に逃げ腰でしたけど」
は、話が逸れた!?
ナイスでか男!
私、貴方のこと気持ち悪い奴としか思ってなかったけど、気持ち悪いい奴だったんだね!
よし、ここは流れに乗るしかない!
「ここらもきゅーくんの作戦に賛成かな。……えっと、もし、なっくんがいいよって言ってくれるなら、だけど」
足が震えてへっぴり腰の私は、敢えてその体制のまま上目遣いで夏芽くんの顔を覗き込む。
トップアイドルのここちむがこれをして、これまで落ちなかった男はいない。みんながテレビで見てる大人気俳優だってこれで落とした。
しかし、肝心の彼は「俺は全然構わないけど、柏卯さんはどうするの?」だなんて、冷静な様子である。
こいつマジでアイドルの天敵だな!
私だって、誰だって、ぶりっ子キャラには多少の心理的抵抗があるのだ。
それがウケると分かっているからやっているのであって、無反応や冷静な対応をされると、本来相手に溶け込むはずだった羞恥心が全部跳ね返ってくるわけである。
ううっ。
やっぱりここちむとしては、なっくんはキライ!
「私は問題ありませんね。家も駅近ですし、夜道の心配もありません」
「そう……? ならいっか。じゃあ、二重さん最後まで付き合ってもらっていい?」
「ああ、あ、うん。いいよ! よーし、ラストスパート楽しんじゃうぞ〜」
私は大きく手を振りあげる。
アイドルに必要な素養のひとつはメンタルである。
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遠足はこれにて終了です。
次回は『秋梔夏芽退学編』になります。




