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宝捜し、その帰りも色々あるよね

 暗くなる前に帰らなければと、四人は下山する運びになった。

 普段の学校生活がある身なら、こういった活動は非常に面倒なものになるが、幸いなことにまとめての勉強が利く、通信制の恩恵をフルに生かすことが出来る。

 凪沙はずっと掘り続けていたせいか、かなり疲れの色が見えていた。香琴と公也も何もしていなかったわけではないが、彼女ほど活動的に動き回っていたわけではなく、やや申し訳ない気が立っていた。

「ちょっと宝捜しを舐めてたわね」

 そう呟いたのは、ジャージ姿の美月だった。

「初めてのことだからどうしようもなかったけど、もう少し装備を調えるべきだわ」

 そう言う彼女の顔が、一番涼しげで説得力は半減しているが、それでも主要装備がシャベル一つでは話にならないと公也でさえ理解していた。

 だが用意すると言っても、どういったものを用意できるのか、また用意すればいいのかも分からない。ここに農具の類を持ってくるのも、運ぶという観点から考えると多少の無理があるというものだ。

「凪沙、もう少しヒントになるものとかないの?」

「ヒントねえ……分からないなあ」

 凪沙は今日は完全に閉店モードに入っているのだろうか、気の抜けた返事しかしない。

 八方塞がりになる中、香琴がふいに口を挟んできた。

「これって他に資料とかないの?」

「資料かあ。みつきち、どっかある?」

「そうね……学校か、ちょっと出かけて図書館まで行けば、何か見つかるかもしれないわ」

「でも、宝に関する資料なんてあるのか?」

「あったら見つかってるっていうのがハムくんの言い分なんだろうけど、点と点を結び合わせる何かというのって、案外見落としてるものよ」

 美月の返事に凪沙が何度も頷いた。確かに郷土資料館などでは、意外ともいえる新しい発見が見つかっているとも聞く。

 少しは二人の夢のある姿勢を見習った方がいいのかもしれないと、公也は少しばかり反省の色を見せていた。

「カコちゃん、今日一日どうだった?」

「凪沙の言う通り、ハムくんにしてもそうだけど、私達が無理矢理連れ回した形になってないか心配だわ」

 美月が少し不安げに漏らすと、香琴は笑顔で首を振った。

「そんなことないよ。手伝えなくて謝りたいの、こっちだもん」

「うん、カコちゃんはいい子だ。何か出来ることが見つかったら、一生懸命働いてもらうから」

 彼女のお姉さんとしての態度に、公也も思わず微笑んだ。

 四人が話していると、辺りは少しずつ薄暗くなってきた。転ばぬ先の杖とばかりに凪沙が懐中電灯を照らし、二番目に歩いていた美月も一番後ろへ回って、懐中電灯を同じようにつけた。

「二人とも、足下気を付けて」

 美月に促され、香琴と公也は慎重に進み出した。あと十分も進めば村に出るが、ここで怪我をしては意味がないと、二人ともゆっくりと木の枝をかいくぐっていく。

「みつきち、次の探索はどうする?」

「一旦体勢を整えましょう。さっき話してた通り、香琴を連れて図書館に行ってくるわ。ハムくんはどうする?」

「一度よそに行っておきたいし、ついていっていいなら行くよ」

「じゃあ決まりね、来週の時間が空いた日に。明日じゃ疲れが残ってるだろうし」

 この口調だと、ガイドは美月が買って出てくれるらしい。さすがにこの集落よりはまともだろうと、公也も違う景色が見られることにほっとしていた。

 と、彼が少し目を横にやると、一瞬向こう側で何かが通り過ぎていくように見えた。

 おかしいと思い目を凝らすと、それは人影のようにも感じられた。長い髪のようなものが揺れているのからして、女性なのだろうか。そんなことを公也が考えていると、彼の足がふいに止まったことに気付いた美月が声をかけてきた。

「ハムくん、どうかしたの」

「ん……いや」

 彼は言葉を止めた。すでに人影らしいものは何も見えない。森の中に消えていったというのが正しいのか、それとも幻だったのかは分からないが、もう何もないのである。それも一瞬目を離しただけでなくなったのだ、ただの見間違いであることも否めない。

 こんな時間に、灯りもつけずに山をぶらつく奇っ怪な人間などいないだろう。どうにも目が慣れていない、公也は自分にそう言い聞かせ、また真っ直ぐ歩き出した。

「ハムくん、今日はお疲れ様」

 公也が脇に目を奪われていると、香琴が笑顔で話しかけてきた。公也は前を進む香琴の背に否定するような言葉を告げた。

「大したことしてないよ。凪沙みたいに穴掘りまくったわけじゃないし」

「でもハムくん、そんなにスコップとか持ったことないのに、凄いよ」

 彼女の褒めてくる言葉が、公也にはむず痒いものだった。褒めるのが決してうまい類の人間ではないが、それでも頑張って持ち上げてくるのを見ると、卑屈になるのをやめざるを得ないのだ。

「ハムくんは将来農家になるつもり?」

 一番前、つまり凪沙からそんな言葉が飛んできた。彼の家は現在農家という事になっている。そうでなくとも、公也の家はここにしかないので、実家暮らしとなれば自然と選択肢が狭まるのも確かだ。

「いや、多分それはない」

 数秒黙ってから公也はしっかりと答えた。そもそも公也は自分が田畑と向かい合いながら、自然から採れるもので生きていく姿が想像出来なかったのだ。

「確かにハムくんの手つきじゃ、危なっかしくてどうしようもないわね」

「美月ちゃん、最初は誰だって初心者だよ」

「まあ、ハムくんが初心者を脱却したいんだったら、確かに話は別ね。そこら辺のビジョンはハムくん次第だけど、どう?」

「農業やるかどうかは別として、ちょっと今日のスコップは驚いた。結構手がひりひりする」

「今日のお風呂は痛いよー。私だって転んで膝すりむいたら痛いもん」

 凪沙がけろけろ笑っているのを見て、公也はそんな問題かと深々と息をついた。ただこうして土曜も日曜もなく、日が暮れるまで馬鹿なことをしているというのは、自分の人生を振り返ってどのくらい久し振りなのだろうと、公也は僅かながらの感傷に浸っていた。

 そんな彼女の笑い声が辺りにこだましていると、美月が彼女の背に光をぶつけてぼそっと喋った。

「凪沙は図書館来ないわよね」

 美月の言葉に公也は一瞬驚いた。当たり前のように一緒に行動しているのに、そんなことを言うのが信じられないという面持ちだ。

「そーだね、ここはみつきちに任せておこう」

 凪沙は落ち着いた様子で体を屈ませながら、しっかりとそう答えた。必死に抵抗すると思った公也の想像からはずれている返事だった。

「なんで凪沙は来ないの?」

「ハムくん、私にそれを言わせるかぁ?」

「いや……まずいことなら聞かないけど」

「まあ、家手伝ったり、勉強したりとか色々だよ。あと、あんまりアスファルトの道路とか好きじゃないんだよねー」

 彼女が大きく笑う様に、公也は疑いの言葉を入れる余地がなかった。彼女の家は農業を営んでおり、当然彼女が手伝わなければならないことも多くあるだろう。しかし遊ぶためにここまで努力をしている彼女は、ある意味甲斐甲斐しくも見えた。

「本当は今日もみんなで夕飯食べられたらいいんだけどね、辛いなあ」

 凪沙が名残惜しそうに呟いた。その視線の先には、微かな家の光が見えつつあった。もうすぐ森の中の旅も終わりだ。

「また今度みんなで楽しもうよ。その分図書館、頑張ってくるから」

「そうだね。ハムくん、古文の解読は任せたぞ!」

「え、俺が? 俺、国語苦手なんだけど……」

「頑張れハムくん、あなたの肩に未来はかかってるわ」

 美月が静かな声で公也を茶化した。彼女達の騒がしさは、公也をどんどん困らせていく。

 そして、公也が溜息をつきながら、森を抜ける一歩を踏んだ。森に入っている間は何とも感じなかったのに、いざ帰ってくると、無事に帰れたことにほっとしてしまった。

 公也はふと、先程見た謎の人影らしきものについて考えた。森にどういった動物がいるかも聞いていなかったが、あれはやはり動物の見間違いだったのだろうか。公也が三人を見ると、三人ともそれらしきものに気付いた気配はなく、今日の感想を話し合っている。やはり勘違いということにしておくのが無難らしい。

「よっし、帰るぞ!」

 凪沙が鼻歌を歌いながら、楽しげに歩き出したのに三人もついていく。

 昼間、美月はこの空は都会でも見られると言ったが、やはり夜空を見上げると真っ暗な中で小さく輝く星は、この田舎でしか見えないと痛感させられる。

 公也がぼんやりと空を見上げていると、美月が横目でちらりと見つめて、同じように空を見上げた。

「ハムくん、今も同じように空を見ている人が都会にいるの?」

 彼女の言葉に公也は苦笑して首を横に振った。

「さあ、こんな時間に空見てる物好きなんてそういないって思うけど」

「ふうん。ハムくんって付き合ってた女の子とかいなかったの」

 彼女のすっと自然に吐いた一言に、公也は不意を突かれたようにむせた。今までの人生で女性と付き合うどころか、好きですという言葉さえ吐いたこともない。

 仲間に恵まれていないわけではなかったが、リアル女性とはやや遠い生活をしていた公也にとって、その質問は毒以外の何ものでもなかった。

「そんなこと聞いてどうするんだよ、大体前に興味ないとか言ってただろ」

 半ば自棄になって開き直ると、美月はふっと笑って、遊ぶように凪沙の背にちかちかと懐中電灯を当てた。

「前は興味なかったけど、君の人となりを粗方知って、少し興味がわいてきたの」

「なんで興味がわくんだよ……」

「この村、同世代の男なんていなかったから、私、恋愛ってよく分からないのよ。多分それは凪沙も香琴も同じで、そういう側面において君の意見を聞いてみたかったわけ」

 彼女のもっともらしい言い分に、公也も仕方なしに口を開いていた。

「その……今まで付き合った子とかいないし、そういう自分を想像したこともない」

「ハムくんは好きな子いなかったの?」

 前から凪沙が質問を飛ばしてきて、公也はまた顔を歪めて呟いた。

「ある程度好きだった子はいるけど、別に真剣な恋愛とかなかった」

 その言葉に盛り上がるように、凪沙がハイトーンな驚きの声を、美月が冷やかしの混じったトーンの低い叫声を上げていた。

「ハムくんがそうだって、何か意外だなあ」

「別に意外じゃないだろ。普通に格好良かったり取り柄があったら別だけど、そういうのじゃないし」

 公也が自虐気味の言葉を口にすると、隣を歩く香琴が小さく笑った。

「でも、それがハムくんなんだと思うけどなあ」

「どういう意味だよ、それ」

「そういう普通っていうの、案外難しいと思うから。ハムくんの素直に生きられる部分、私は好きだよ」

 香琴の微笑みは、暗がりの中でもはっきりと捉えることができた。どうすればこんなに優しくなれるのだろうかと、公也は冷めた分析をしてしまう自分に思わず嫌気を感じてしまった。

 公也が考え込んでいると、懐中電灯の光が彼の頬にぶつかってきた。スイッチをかちかちさせ、美月が彼の顔を覗き込んできたのだ。

「ハムくんは前の街に好きな子を残してこなかったでいいかしら」

 それがいいのか悪いのか公也は理解しがたかったが、以前の街にそういう人間がいなかったという意味では頷かざるを得なく、こくりと一度首を縦に落とした。

「そう、じゃあ私がハムくんの恋人に立候補するわ」

 彼女の唐突な発言に、公也は思わず硬直した。何を意図してそういうことを言うのかまったく理解できなかったのだ。

「み、美月……?」

「興味あるのよね、恋愛とか交際って」

「いや、そういう感情があればそうすればいいと思うけど、別にお前、俺のことどうとも思ってないだろ」

 これ程にない現実を突き付けて、暴走する彼女を止めようと公也は一声かけたが、彼女は猫のように妖艶な笑みで反撃した。

「私はハムくんのこと別に嫌いじゃないわよ。やや残念な部分はあるけど、貴重な村の男性だもの」

 どこまで本気で捉えるべきなのか、公也が言葉を失っていると前方から凪沙も口を挟んできた。

「みつきちばかりにおいしい思いはさせられないな。ハムくんを狙ってたのは私も同じだからね」

「え、え?」

「ほお、凪沙もハムくん狙いなわけ」

「ハムくん、みつきちよりも私の方がいいよ」

 だんだんと話が妙な流れになってきたことに、公也は思わず肩をすくめた。香琴はどう反応するのかと公也が横を見ると、香琴も困ったように笑っていた。

「じゃあ、私も立候補しようかなあ、とか思っちゃうよね、こういうノリって」

「むむ、カコちゃんまで。ハムくん、今度ごはん作ってあげるよ」

「じゃあ私はハムくんの為に布団の中で待ってるわ」

「布団……? みつきち、どういうこと?」

 美月の挑発に、凪沙が首を傾げるが、公也はその言葉にどうしようも出来ず、くすぐったいようにむずむずする体をおさえるだけだった。

「美月ちゃんは大人だね……」

「こういう風に誘うのが、向こうの恋愛じゃないの?」

「そんな恋愛、ほとんどないよ……」

 公也のぼやきに美月は「そう」とつれない返事をして、また彼に微笑んだ。前では凪沙が腕を組んで、公也を籠絡する術を考えている。

 横でおかしそうに香琴が苦笑しているのを見て、公也は思わず言葉を漏らした。

「あの、どうでもいいけど宝は大丈夫なの?」

「それはちゃんとするよ。こっちも重要なことだからね」

「私達にとっては初めての出来事だもの。これはこれで楽しみたいわ」

 凪沙と美月の言葉に、公也はもはや軽く頷くことしか出来なかった。

「いいけどね、別に」

「ハムくん冷めてるなあ、私達じゃ不満?」

「からかわれているんじゃないかっていう、そういう懸念」

「あはは、みつきちはどうか知らないけど、私はハムくんと一緒にいられると嬉しくなるよ。これが恋とかいうのか、まだよく分かんないけど」

 凪沙のさばさばした話し方は、日本全国どこにいても普通にもてるだろうという印象を受けた。そういった少女が自分自身に声をかけていることが、一番不思議でならないと公也はぼやきたくなったが、あえてその言葉を飲み込んでいった。

「でもさ」

「何?」

「最初に会った時より、ハムくんのこと考える時間が長くなってるのは本当だから」

 凪沙がくるりと回って微笑んだ。いつも子供のような大きな笑い声をあげている彼女らしからぬ、静かな素振りの見えるその顔に、公也も思わず息を飲んでいた。

「まあ今日一日でどうなるでもないだろうから、とりあえずお預け。香琴はともかく凪沙に負けるのは嫌だから、私も頑張るわ」

「私はどうか分からないけど……ハムくん、明日からも一緒に頑張ろうね」

 香琴の言葉とほぼ同時に、公也の家の前に辿り着くと、彼女達がそれぞれ手を振り、暗闇の中へと消えていった。

 男がいないというだけで、恋愛対象になり得るものなのか。公也は家の前でしばらくの間、夜空を見上げていた。

割と分けるのが面倒な作品なので、一回辺りが長くなっております。ご容赦ください。

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