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彼女達の行く道

 酷暑の日々は忙しさと共に過ぎ去った。

 暑さもなくなり、ゆっくり、冬の肌寒さが公也の肌にまとわりつきだした。

 緑に溢れた木々も、今ではすっかり枯れ木色に変わり、活動的に見えた潮騒も、少しもの悲しく見えた。

「さてと、課題の提出も終わったし、お前ら、帰っていいぞ」

 小さな職員室に、鹿田の声が響く。公也の隣には美月がいた。

「せんせ、街に戻って研究?」

「ばーか、んなことして食えるかっての。今日はゆっくり英気を養って明日も明後日もその次の日も来る日も毎日非常勤の仕事だ」

 鹿田はそう言って笑い飛ばす。それでも公也達は知っていた。この村から発見された太刀を始めとした文化遺産が、大きな価値を持っていることを。

 鹿田もあの調査が子供四人でどうにかなるはずもないと分かっていたのか、大学時代の仲間を呼び、念入りに調査をした。

 一月あまりにわたる発掘作業の末、それまではないとされていた場所から、様々な宝物が見つかった。

 その結果、全国紙にも小さくはあるが、彼女の偉業が掲載された。

『子供達がいてくれた、だから見つかったんです。遺産は貴重ですが、今目の前にいるこの子達が与えてくれるものはもっと大きいです』

 鹿田の言葉は、新聞に確かに記された。公也はそこに、彼女の真意を見た気がした。

「先生、凪沙の方はどうですか?」

 公也はふと、凪沙の名を口にした。彼女は難しい顔をしながら、腕を組んだ。

「まあ今までまともに勉強してこなかったからな。すぐに進学ってのは難しいだろうな」

「私としては凪沙が教師目指すなんて言い出したのが驚きだわ。でもそれは、せんせに大きく影響されてるのよ」

「ふふん、私はこう見えて、人を動かす天才だからな」

「それなら博物館の誘い、断らなきゃよかったのに」

 美月の呆れた物言いに、鹿田は頬杖をつきながら、遠くを見て笑った。

「宝探しもやりたいけどさ、私にしか助けられない奴を助ける。そういう生き方をするって教えられたのも、お前らに会って分かったことだよ」

 彼女の答えに、美月は満足げに頷き、公也の服の袖を引っ張った。

「私達も何とかしなきゃ駄目でしょ。来年から三年よ」

「分かってるよ。先生、それじゃ帰ります」

「おう、お前らも頑張れよ」

 最後に励まされ、公也と美月は共に校舎を去った。

 外に出ると、冷たくなってきた風が肌に突き刺さる。灯油を運ぶ都合で教室にはストーブがない。冬のスクーリングは想像したくもないが、月に数度のことだ、まだ我慢できると公也は自分に言い聞かせた。

「でも、凪沙が教師になりたいなんて、変な気がするな」

「そうかしら」

「だってさ、ずっとここで生活するみたいなこと言ってたのに、色んな街の通信制に行きたいなんて、やっぱ信じられない」

 公也はぼんやりと空を見上げた。夏の日と変わらない青空だが、その澄みきった色の深さは冬のそれに近づいていた。

 発掘を終え、二学期が始まった日、凪沙は教員になると言い出した。青天の霹靂とも言える発言に公也は驚いたが、美月や鹿田は何事もなく受け止めた。

 ただし学力面で問題がある。入試自体は新聞に掲載されたということで、AO入試を利用すればどこかには引っかかることも出来る。だがそれをよしとしなかったのも、当の凪沙だった。

 ――私もたくさんの人と知り合って、自分の知ってることを教えたい

 凪沙は美月や公也と共に受験するのを目指し、日々勉強に励んでいる。生まれて始めての、自分が見つけた目標だと凪沙は胸を張って公也達に語っていた。

「凪沙はともかく、俺も何とかしないと駄目だよなあ」

「大丈夫よ」

「どうして」

「私がついてるのよ。浪人なんかしたら、どうなるか分かってるわよね?」

 美月が公也を横目で睨む。色々と面倒な少女に関わってしまったものだと、公也は頭をかいた。

「そう言えば今日だっけ」

「ああ、そう言えば――」

 と、二人の話す先で、一人の少女が大きく手を振ってかけてきた。

 始めて出会った時の印象とは、少し違う。哀しみのない、優しい表情。

 彼女の心が完全に晴れたわけではない。今も街とここを往復しながら、自分を取り戻すために尽力している。その少しずつの変化が、この探検隊の仲間に、大きな希望を与えていた。

 きっと彼女とも、街やここで同じように微笑み合う毎日を、これから先も紡いでいくのだろう。ここで終わるのではなく、まだ長い先がある。

 美月は彼女の姿を見ると、公也の一歩前に出て、くるりと振り返った。

「香琴も帰ってきたし、せっかくだからみんなで勉強でもしましょ」

「さっきまで授業やってただろ!」

「ふふ、いいじゃない、別に。じゃ、私は凪沙を呼んでくるから、場所はハムくんの部屋ね」

 猫のように妖艶な微笑みを浮かべ、美月が走っていく。

 この田舎の生活は慣れないことだらけで、今でも分からないことが多々ある。

 それでもここへ来てよかった、そう思える日は遠くないのかもしれないと、公也は駆ける少女と、その先に広がるなだらかな土模様を見て軽く笑った。

田舎に行けば人付き合いがある。そんな幻想に巻き込まれた主人公であるところの公也は何もない空間で過ごすことになっただろう。

美月は自分を犠牲にしてでも自分が道化になることを演じた。

それは凪沙も同じで、永遠に、永遠に楽しい光景を望んでいたのかも知れない。

公也はそれを知らず、ずっと手伝いっぱなしだった。

ただ彼の行動が、三人の少女と、一人の夢破れた大人の女性にもう一度立ち上がる機会を与えたのも確かだ。

どうして財宝を見つけたのに、夜間学校の教師をしなければならないのか。彼女は笑って言うだろう。「その方が面白いだろ?」と。

昼は財宝探し、夜は教師。


この物語は、公也という軸を持って、田舎でくすぶっている少女達と解放の物語だったのかもしれない。

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