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探検隊の終わり

 夏休みに入って、三日目。

 公也は装備を調え、山を前にしていた。その後ろには、凪沙や美月、香琴もいる。

「……あのさ、ハムくん」

「行くって約束したの、凪沙だよな。今更嫌だなんて言うなよ」

 彼の言葉に凪沙は口を曲げた。凪沙は余計な問答をせず、横を向いたまま黙った。

 凪沙の後ろにいる美月も、凪沙や香琴と違う方を向いている。この状況を作り出した香琴も、良心の呵責はあるのだろうか、寂しげに薄く笑い、自分の前髪を掴んでいた。

「ハムくん、あなたがどうしても行くって言い出したから来たけど……どういうつもり」

「宝探し。いつ終わったんだよ」

「……終わりにしましょうよ、こんな馬鹿げたこと」

 美月が今にも泣きそうなか細い声で呟いた。だが、公也はそれを鼻息で一蹴して、山に一歩足を踏み出した。

「お前と凪沙はそれでいいかもしれないけどさ、俺と香琴、どうする気だよ」

「……ハムくん、あなたね」

「みつきち、やめとこ。ここはハムくんが正しい。責任なら山の上でも果たせる。ハムくんが行きたいって行ってるんだから、行こう」

 美月の言葉を凪沙は強引に遮った。目元は沈み、諦観の二文字が浮かんでいる。

 今は辛いかもしれない。でもそれが大事なんだ。公也は唇を強く結ぶと、軽く頷いて山へと一歩踏み出した。

「今日見つからないかもしれないけど、それでも少しずつやってきただろ。見つけよう」

 誰に言ったかも分からない言葉を公也は口にし、山へと進み出した。その後に、三人もついていく。

 さすがに夏まっただ中ともなると、酷暑とも言える状況で、山を上がっていくだけで汗が溢れだす。

 公也はここへ来てからのことを思い出していた。凪沙に誘われ、始めてこの山を登ったあの日、帰宅してからとてつもない疲労を覚えた。歩いている最中はそうでもなかったのに、自室に戻るとどうして歩けたのか、と思うほどだった。

 それを何日も繰り返す度に、山や海沿い、そして田畑の周りを歩くことが普通の光景になった。

 だからといって、この自然が好きなわけではない。今でも街に戻れるなら、街に戻って以前のような生活をしたい。通販ではなく店頭で色々なものを買って、好き勝手な時間に好きなものを食べられる、そんな自由の溢れる生活はやはり魅力的だ。

 でも、その生活の中に、凪沙、美月、香琴はいない。彼女達に何か与えられたわけではない。彼女達はこの田舎を愛していると言っているが、街へ行けば意見が変わるかもしれない。

 それでもここに来なければ、三人には出会えなかった。

 香琴が以前言っていた通り、父が縁もゆかりもないこの田舎町をたまたま選ばなければ、三人とは知り合わなかった。もしかすると、もっと素晴らしい出会いがどこかにあったかもしれない。

 でもそれは仮定の話だ。今この目の前にいるのは、この三人で、誰よりも身近にいる三人だ。

 だから、たとえどうであったとしても、ここで生き抜こう。これから先の生ではなく、今の自分を、生き抜こう。公也は木の枝を手で払い、真っ直ぐ前を見つめた。

 潮騒が耳に響く。吹き抜けてくる、海辺の香り。何度も来た、あの場へ辿り着いた。

 公也は足を止め、後ろへ振り返った。いつも先導していた凪沙は、手にしているシャベルを動かそうとしない。

 今はそうかもしれない。公也は黙って、自分のシャベルを握り、辺りを掘り始めた。

「ハムくん……やめようよ」

「見つけるんだろ、隊長。あるって言ったんだ、最後まで信じる」

「だから……そんなもの最初からないんだよ!」

 凪沙の滲むような声が、辺りに響いた。それでも公也は、シャベルで辺りを掘る手を緩めない。

「最初から……最初から嘘だったんだよ。カコちゃんがどこかに行かないように、みつきちと嘘ついてただけで……」

「ハムくん、あの古文書だって私が見よう見まねで書いただけ。銅貨もうちの祖父の集めてたのを持ってきただけなの。そんな簡単に宝が見つかるわけないじゃない。だからもう、無駄なことやめましょうよ」

 二人から、悲痛な声が漏れる。公也はシャベルに足をかけ、一層強くそれを押し込む。

「確かに、何にもないかもしれない。でも、二人は香琴を守りたかったんだろ」

「それは……」

「そりゃ、何にも見つからなかったら寂しいよ。でもそれなら、次、本当にありそうな場所探しに行こうよ。二人とも、香琴が大事なんだろ」

 公也の言葉に、二人は言葉をなくしていた。公也は香琴を見て、軽く笑った。

「香琴がどういう生き方してきたか、そんなの俺、よく分かんないけどさ、凪沙も美月も頑張ってお姉さんやろうとしてる。それでも足りないなら、もっと無茶言えばいいんだよ。香琴は本当にいい子で、わがままもっと言っていいんだからさ」

 公也が笑うと、香琴は首を傾げながら、薄く微笑んだ。

「……今日のハムくん、何かおかしいよ」

「うん、そうだと思う。こんな田舎なんて嫌だって今も思ってる。凪沙達がぎくしゃくしてるのだって、俺にはどうにも出来ない。でも、このまま立ち止まってるのは、もっと嫌なんだ」

 公也は土を一度掘り返すと、シャベルを放り投げ、木にもたれかかった。何も言わずに歩き、無心で掘っていたせいか、息が少し荒れる。

「ここに来てまだ少しでさ、何にも分かってない。香琴がどんなに辛いとか、そういうの全部、本当に何にも分からない。それでも、知り合えて良かった」

「ハムくん……」

「香琴が俺と付き合いたいなんて、冗談だって思ってる。でも冗談でも驚くよな」

「それは……冗談じゃないよ。街のこと分かってて、私の気持ち、分かってくれそうな人だって思うもん」

 香琴の静かな声を聞くと、公也は木々に遮られた空を仰いだ。

 香琴を思うこと、それがどういうことか。何度も考えた末の結論を、口にしようとしている。

「やっぱ、香琴とは付き合えないな」

「……そうなんだ」

「こんなとこで言うのも変だけどさ、ここで知り合って一番影響されたの、やっぱ美月なんだ。それも多分、恋愛感情なんだろうな」

 言い出せなかった言葉を口にして、公也ののど元が強く圧迫される。美月はどんな顔をしているだろう。彼はそれすらも見ることが出来なかった。

「ハムくん、お気持ちはありがたいけど、香琴を幸せに出来るのはあなただけなのよ」

「美月、本当にそう思うのか」

「私は……あなたとは……」

「香琴は幸せになれるよ。ここにいたって、街に行ったって、香琴は香琴だ。信じようよ、みんなで香琴のこと」

 公也の言葉に、三人は黙ってしまった。公也は香琴の前に近づき、大きく笑った。

「みんなそう言ったんだよ。でもそんなのなれなかった。どうやったらそれを信じられるの?」

「無理に信じなくていいよ。幸せな時だって、ちょっとしたことでそう思えない時だってある。今の香琴は、絶対に幸せなんだ」

「私が……幸せ?」

「うん、泣いていいんだ。怒ってもいいんだ。今すぐでなくてもいい、俺も美月も凪沙も、みんな香琴の味方なんだからさ、辛かったらすぐに言ってくれよ」

 公也の励ます言葉に、香琴は静かに笑い、俯いた。そのまましゃがみ、ゆっくり土を手にしていく。

「私ね、最初から宝がないってことに気づいていた。でもナギちゃん達が私のために頑張ってるのが分かってたから、言い出せなかった」

「香琴、頑張ってるんじゃないんだ。みんなお前のことが、大好きで大切なんだよ」

「私のことが……大切?」

「そう、本当の妹みたいにしたいけど、出来ない。それでも凪沙も美月も、ずっと大切に思ってきた。なあ、凪沙」

 公也が凪沙の方へ振り向くと、凪沙は前髪をくしゃくしゃとかき上げ、唇を噛みしめた。

「ハムくんにそういうこと言われるなんて思ってなかったな。でも、私はカコちゃんのことが大切だよ。無茶苦茶やったって、カコちゃんのこと嫌いになれないよ」

「……ナギちゃん」

「だからさ、街に行ったって何だっていいよ。もうね、自分のこと嫌いだとかそんな風に思うのやめようよ。カコちゃんが自分のこと嫌いだったら、カコちゃんのことが好きな私とかみつきちとかどうなるの。嫌いな人、好きでいるのなんて、そんなの辛いよ」

 凪沙の目元が、少しずつ潤む。公也は俯く香琴に、ゆっくりと語りかけた。

「香琴は自分のこと信じられないかもしれないけど、香琴を大切に思ってる凪沙と美月、それと俺を信じてみてよ。香琴とは付き合えないけど、友達として、香琴を幸せにするから」

「本当に……信じていいの?」

「うん。街に戻ったら、遊びに来いよ。香琴は俺と同じで、ここでまだ何も見つけてないだろ? ここで見つけたこと、俺に教えてくれよ。それと美月、俺の方は……その、そういうことだけど、いいかな」

 美月の方へ公也が振り向くと、彼女は困惑した表情で腕を組み、呆れたようなため息をこぼした。

「私よりも香琴の方が面倒の少ない子よ」

「俺は誰でもなくて、美月がいいんだ」

「本当にあなた、馬鹿ね。私のことなんて……そんなの……考えなくたって……」

 美月の声が、少しずつ潤み出す。そして公也の目の前にいる香琴も、その笑顔を少しずつ崩しだした。

「もう……無理しなくていいのかな」

「無理とかじゃなくて、香琴の生きたいように生きればいい」

「そうなんだ。でも……どうやったら普通の顔になれるのかな」

 そう呟く香琴の目尻から、少しずつ涙がこぼれていく。その涙を見た凪沙も香琴の側につき、ゆっくりと彼女をその腕で抱きしめた。

「カコちゃん、次に日記に馬鹿なこと書いたら、本当に、本当に怒るんだからね!」

「……ナギちゃん」

「カコちゃんなんて、まだまだ子供なんだから、バカなこと言っちゃ駄目なんだから! 私だってずっとずっと辛かったんだよ! 今度からは、本気で怒るからね!」

 抱きしめ叫ぶ凪沙の声も、同じように滲む。気づけば、抱きしめ合う二人が、同じように嗚咽を漏らしていた。

「もういいんだね……笑わなくていいんだよね」

「うん、泣いたって怒ったって、カコちゃんはカコちゃんなんだから」

 二人のやりとりをしばらく見つめると、公也はそっと美月の側に近づいた。彼女は公也のそれに憮然とした態度を取っていたが、しばらくすると軽く笑った。

「良かったの、本当に」

「自分でも何で美月を好きになったのか分かんない。けど美月がいいって思ったから」

「そういうところも含めて、不思議な人ね、あなたは」

 いつも通りのひねくれた言い回しに、公也も失笑するしかなかった。

 元に戻ったとは思えない。ただ壊したわけではなく、一歩先に進めた、そんな思いが彼の心に去来した。

 凪沙と香琴も、かなり落ち着いたのか、ゆっくりと離れていく。しばらく続けていた探険生活も、ここで終わりだ。

 さあ、帰ろうか――と公也が告げようとした時、瞬時に凪沙が走り出した。

「待てっ!」

 凪沙が森の奥へ走り出す。香琴もすぐさま同じ方へ走り出した。

 何が起こったのか。公也は息を飲みながら、茂みに覆われる合間をくぐり、その後へ香琴と共に付けていった。

「えっ?」

 凪沙の後に辿り着いた公也は、思わず間抜けな声を漏らしていた。

 凪沙と香琴に囲まれていたのは、今日ここにいるはずのない、鹿田葉月だったからだ。しかも彼女は、凪沙達と同じように、ジャージにリュックを背負っている。唯一違う点があるとするなら、少し大きな杖に似た機械を持っているところだろう。

「せんせ、何してるの」

 美月が問い詰めると、彼女は大きく腕を上げ息をこぼした。

「ったく見つかるなんて、ロクでもねえな。お前らと同じだよ」

「同じって……」

「だから、宝探しだよ。お前らだってそのつもりでここらうろうろしてたんだろ」

 鹿田の言葉に、凪沙と美月が顔を見合わせる。あれは作り話で、何もない。彼女がその話を聞きつけたとも思えない。どういうことかと凪沙達が困惑していると、鹿田も同じように眉をしかめだした。

「せんせーその、平家の落ち武者の話は……」

「はあ? 平家? 何言ってんだよ。公家が落ち延びてここを開拓した話、お前ら知らないのか?」

「あの、先生、それって隣町の話じゃ……」

「はあ、椎木、確かにそれは隣町の話であってるけどな、しばらく前の研究でこの界隈にもまだ財宝が残されてる可能性があるって言われてんだよ」

 彼女の言葉に、凪沙達が一様に顔を見合わせる。誰がそんなことを言い出したのかと、凪沙は美月に目をやった。

「市原んとこのお爺さんにも資料借りてな。色々興味深いもんも見つかってるぞ、ほら」

 と、彼女はリュックを下ろし、そこから小さなプラ製のケースを取りだした。中には翡翠だろうか、そんなもので作られた勾玉や、美月の見つけたような銅貨もある。

「……凪沙、これどういうことだ」

「私が聞きたいよ。みつきち、どういうこと」

「うちの祖父が本当のことを教えてなかっただけっぽいわね。してやられたわ」

 それぞれが口走っていると、香琴が鹿田の顔をそっと除いた。

「先生はどうして宝探ししてるんですか?」

「ん? ああ、一応これでも学芸員の免許持ちだからな。つーか元々そっちでやりたかったんだけど、気づいたら教員。趣味ってとこだな」

 彼女は笑いながら、手にした杖のような器具を地面に宛がう。先端に付いた円は何の反応も示さないが、それでも彼女は諦めず辺りを探り続ける。

「椎木、ものが見つかるのもいいけど、お前らは何か見つけたのか?」

「……一応」

「なんてな、さっきからお前らが大声で話してたからこっちもよく聞こえてたぜー。特に牟佐の泣き声はな」

 彼女のからかいに、凪沙が顔を真っ赤にして殴りかかる。鹿田はけらけら笑いながらそれを避けた。すると、彼女の手にしていた機械の先端が、赤色から緑色のランプに変わった。

「まさか……おい、お前ら、急いで掘れ!」

「せんせ、いいけどあなたの手柄じゃなくなるわよ」

「そんなのどうでもいい! 私も掘るから、お前らも掘れ!」

 見つかったかと思えば、いきなり命令をされる。公也達もさすがに困惑したが、担任の言うことに逆らうのも難しい。そして何より、ここに何かがあるかもしれない。彼らはシャベルを手にし、鹿田と共に無心でそこを掘り進めた。

 掘り進めて二時間、大きく空いた穴を前に、美月が呆れたようにため息をこぼした。

「凪沙、あんたのバカな直感、少し見直したわ」

「いや、あるもんだね、こういうの……あはは」

 必死になって掘った結果、目の前に現れたのはさび付いた太刀だった。何もない、そう言い続けていたにも拘わらず、こんなものが見つかってしまうのは、どういったことなのか彼女達にも理解不能だった。

「いやあ、五方の潮の言い伝えはやっぱり本当だったんだな。こりゃすげえぞ。見ろよこの鍔。かなりの人間の持ち物だな」

「あの、先生、三方の鬼の伝説じゃ……」

「何だ、それ。ここに伝わるのは隣の村から繋がる五方の潮の伝承だぞ」

 と、彼女は呆れたように呟きながら、公也ににっと笑った。

「でもよ、こういう宝も大事だけど、お前らも今の宝をきちんと見つけられて良かったんじゃないのか」

 彼女の問いに、公也も静かに笑い返した。宝が見つかる見つからないは、結局些細な問題でしかなかった。香琴が本当に救われるまで、まだまだ時間がかかるのも理解している。それでも凪沙や美月、そして公也自身が側にいる。

 これからのこと。結局、目の前に現れた太刀にしても、きっかけにしか過ぎない。

「あの、先生、こんなの見つけて……学校はどうするんですか?」

「そうだなあ、一攫千金の旅に出るのも悪くねえなあ」

「じゃあ、私達は……」

「冗談に決まってるだろ。なし崩し的に教師になったけど、お前らだけじゃなくて、ややこしい奴見てたら、この仕事やめるにやめられなくなったんだよ。宝にはならねえけど、宝探しより面白いぜ、こういうのも」

 鹿田はそれぞれを眺め軽く頷いた。香琴が卒業すれば、また違う場所へ行く。それでも彼女は教師であることを選ぶ。

 この人も、子供みたいな人なんだな。公也の頬が自然と緩んだ。

「さてと、まず取っかかりは見つかったわけだし、もっと頑張らなきゃな」

「え? この刀が宝じゃ……」

「あのな、これ一つで終わりなわけないだろ。他にもすげーもんが埋まってる可能性があるんだ。というわけで諸君、私に協力しろ。夏休みの課題追加だ」

 鹿田の暴論に、凪沙や美月から不満の声が漏れる。公也は呆れたように香琴を見た。

 香琴は笑っていた。ここにいるのが嬉しいのか、ごく普通に笑っていた。作ったような笑顔ではなく、吹っ切れたような自然な笑みだった。

 ここへ来たことが幸せか公也はまだ分からない。ただこの三人の騒ぐ姿、そして三人と出会えたことはマイナスではない。

 本当にもっと凄い宝が見つかるのだろうか。それは分からないなと笑いながら、太刀を手に満足げな笑顔を見せる鹿田や、それを取り囲む三人を見て、街にいた頃とは違う夏を緑陽の中、公也は強く感じていた。

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