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遊牧少女を花嫁に  作者: 江本マシメサ


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精霊との同調

 商人が全力で体を押さえ、医者が治療を施す。

 リュザールの裂いた傷は、思っていたよりも深かった。

 商人は応急処置をしたことを報告する。


「一応、明礬で止血はしたんです」

「いいね。賢明な判断だ。止血剤と包帯のおかげで、だいぶ出血は抑えられている──おっと!」


 医者の目の前を、リュザールの拳が空ぶった。商人一人では、取り押さえることは難しいようだった。


 せめて、体を押さえることでも手伝わなければと思うものの、どうしてか体が思うように動かない。


 アユは息をすることを忘れているのに気づき、大きく吸い込む。

 上手く空気を取り込むことができずに、咳き込んでしまった。


 今、目の前で起こっていることが現実なのか、夢なのかわからなくなる。

 パチパチと瞬きをしていたら、今度は別の感覚に襲われた。

 アユは、沸き立つ怒りに拳を握りしめた。

 風の大精霊の感情と同じものが、自身の中に渦巻いていたのだ。


 ただ、精霊の力は簡単に揮えない。対価が必要になる。

 風の大精霊から得る祝福の対価を思えば、静かに震えた。

 腕の一本を捧げた話や、命を差し出した話など巫女から聞いていた。しかし、それは残酷な物語を聞いているような、どこか他人事のように耳にしていたのだ。


 今──目の前でリュザールは苦しんでいる。

 アユと同じく、大精霊が感じた怒りに同調しているのだろう。


 風の大精霊は、すべての侵略者を滅ぼそうと荒ぶる。リュザールの体を使い、消し去ろうとしていた。


 たしかに、弱き者を狙い、蹂躙することは赦される行為ではない。

 力を示さなければ、奴らは永遠に武器を持たない者達を食い物にするだろう。

 歴史を辿れば、ずっとそうだった。


 侵略者は商人や遊牧民を襲い、巨万の富を得ていた。


 なぜ、遊牧民や商人は戦わないのだろうか。その答えは、精霊石を通じて理解した。


 使いきれないほどの富は、大きすぎる力は、最終的に人を狂わせる。

 侵略者の一族がそうだった。

 長い時を経て財を築かず、弱き者達を襲って財を得た。

 結果、彼らは畏怖の対象となる。


 一方で、ユルドゥスは調停者の立場を取り続け、勢力が拡大しないように努力を続けている。

 侵略者の一族同様己の力を過信し、狂ってしまわないように。ある種の自己防衛策なのだ。

 アユは胸を押さえ、血が燃え滾るような怒りを抑える。

 もう、ここに侵略者の一族はいない。戦うべき時ではないと。

 一度、落ち着かなければならない。

 アユは静かな湖を思い浮かべたが、激しい波紋が立って地上に溢れようとしている水しか想像できない。

 だが、諦めずにゆっくり、ゆっくりと、水の動きを鎮めていく。

 最後に、波紋一つない湖となる。

 だんだんアユの中にあった風の大精霊の怒りは治まりつつあった。

 同時に、リュザールの抵抗も弱くなっていく。


「よし、今のうちだ!」


 医者はリュザールの傷口を縫う。腕はいいようで、あっという間に縫合してくれた。

 血は綺麗に拭い、清潔な包帯が巻かれる。これにて、治療は完了となった。


「君達夫婦は今晩、泊まっていくといい」


 医者の言葉に、アユは深々と頭を下げた。治療を手伝ってくれた商人にも、同様に礼を言った。


「あの、ありがとう」

「いえ、お礼を言わなければならないのは、私達のほうです。命を救ってもらい、感謝しています」

「リュザールに、言っておくから」

「はい」


 商人の家族が心配をしているだろう。もう戻ったほうがいいと勧めた。


「では、また明日、様子を見に伺います」

「わかった」


 ここで商人と別れ、病室に向かうことにした──が。


「何、これ?」

「病室だけれど」


 広い寝台が一台だけある病室は、とにかく埃だらけで清潔そうに見えなかった。


「布団、干したのいつ?」

「さあ?」


 医者の言葉を聞いた途端、アユはすぐに動き始める。

 寝台の布団を剥ぎ、外に向かう。扉は足で蹴破った。

 空は月が顔を覗かせ、星が瞬いていた。アユは気にせず、布団を抱えたまま闊歩する。

 診療所の裏に大きな岩が置いてあったので、その上に布団を置く。そして、近くにあった箒で布団を力いっぱい叩いた。

 裏表、アユは叩きまくって埃を落とす。できれば一日太陽の下で干したいところであったが、無理な話である。

 湿気る可能性もあったが、少しだけ風に当てておくことにした。

 途中、馬に砂糖の欠片を与えた。水は商人が与えてくれていたようである。

 病室に戻ったアユは、拾った箒で埃を掃く。それだけでは埃臭さがなくならなかったので、床を水拭きした。

 これで、ようやく部屋は清潔になる。布団を敷いたあと、診療台で眠っていたリュザールを医者が引きずってきた。


「な、なんで、そんな乱暴に運ぶの!?」

「だって、この人、重たいし」


 リュザールはがっしり、筋骨隆々とまではいかないが、体にはしっかり筋肉が付いていた。

 骨太で、健康そうな体つきである。


「寝台に上げたら、腰をやりそうだな」

「私が足を持つから、上半身はお願い」


 アユと医者が二人がかりでリュザールを持ち上げ、なんとか寝台に寝かせることに成功した。


 一息ついたところで、医師のお腹がぐうと鳴る。


「あ~、夕食食べ損ねた。食堂はもう、閉まっているな」

「ごめんなさい」

「いいよ、仕事だから」


 仕事と聞いて、アユはハッとなる。治療費を支払わなければならないのだ。


「あの、代金は……」

「ああ、旦那さんが目覚めてからでいいよ」


 アユはここでも、深々と頭を下げた。


「なんと、礼を言っていいのか」

「礼はいいけれど……あ、奥さん、料理できる?」


 医師の問いかけに、アユはコクリと頷いた。


◇お知らせ◇

『遊牧少女を花嫁に』の書籍化が決定しました。

レーベルはPASH!ブックス様で、イラストレーターは睦月ムンク先生です。

十月下旬発売予定で、詳しいことは発売が近づきましたら再度お知らせいたします。

皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。

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