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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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08 あなたが捨てたのは不愛想な女ではなく国家の守護神でした。平和という名の麻酔に酔いしれすぎて硝子のように薄い国の上を歩いた結果

婚約破棄/クーデター

 王城の謁見室。豪奢なカーペットの上で第二王子ケーアスを見つめていた。隣にはふわふわとしたドレスを纏った子爵令嬢エウラリアが、怯える小動物のようにしなだれかかっている。ふしだらだ。


「サンテーヌ、鉄と油の臭いが染み付いた女など妃に相応しくない!エウラリアと共に愛の治世を築くのだ」


 ケーアスの声が響くと周囲の貴族たちがクスクスと笑う。笑う方を間違えているのがわからないらしい。飽き飽きする。


「そうだそうだ、アイゼンロア家は古臭い」


「今は平和な時代だ、魔導兵器など野蛮だ」と。


 溜息を吐かないように努めた。彼らは知らない。王都の空が青いのは実家であるアイゼンロア公爵家が管理する多層式自動防衛結界、別名アイゼンロア・ウォールが上空のワイバーンや国境の蛮族を二十四時間体制で焼き払っているからだということを。


「婚約破棄、承りました。ですが我が家門が管理する防衛システムの全権返上という命令は正気ですか?制御にはアイゼンロア家の魔力コードが必須です」


 淡々と事実を述べるとエウラリアが涙目で叫んだ。


「ひどいサンテーヌ様!そんな危ないオモチャで脅すなんて!聖なる祈りがあれば、結界なんていらないわ!」


「そうだ!エウラリアの祈りこそが国の守りだ。サンテーヌはさっさと辺境へ失せろ!」


 ケーアスが投げつけた書類が足元に散らばる。拾おうともせず哀れみの目で見つめた。


(ああ、平和とは恐ろしい毒。危機感を麻痺させ恩人を足蹴にするほどの傲慢さを育てるのだから)


 背筋を伸ばし、踵を返した。


「承知いたしました……これよりアイゼンロア家は王国の防衛任務を完全放棄いたします。どうか聖なる祈りとやらで、現実の牙が防げることをお祈り申し上げますわ」


 扉を出る時、指先で小さく印を結んだ。

 結界システムへの接続解除の合図。指先から光が消える。同時に王都の空を覆っていた見えないドームが音もなく霧散した。


 崩壊は領地に戻った翌日に始まった。

 アイゼンロア領の城壁の上で、護衛騎士団長のゼノーノと共に、遠くの王都の方角を眺めると赤黒い煙が上がる。


「始まりましたなお嬢様」


「結界が消えたのを感知した隣国の騎馬民族が、一斉になだれ込んだ」


 情報は早馬で届いていた。国境の砦は数時間で陥落。ケーアス王子が自慢していた近衛騎士団は、実戦経験が皆無のため蛮族の雄叫びを聞いただけで逃げ出したという。


「王都からは救援要請がひっきりなしに来ていますが」


「無視なさい。不要と断じられたの。それに、今はそこらへんにいる辺境伯の娘。王軍を動かす権限はない」


 冷たく紅茶を啜った。想像できる。王城のバルコニーで迫りくる敵軍を見て腰を抜かすケーアスと、泣き叫ぶだけで何の役にも立たないエウラリアの姿が。


「彼らは学ぶ必要があるの、ゼノーノ。平和とは空気のように自然に存在するものではなく、鋼と血と技術によって無理やり維持されている人工物だということを」


 一週間後にはアイゼンロア領の正門前に、みすぼらしい馬車が到着した。降りてきたのは泥と煤にまみれたケーアス。美しい金髪は汚れ、誇らしげだった表情は恐怖で歪んでいる。エウラリアの姿はない。


「サンテーヌ!サンテーヌ、開けてくれ!!」


 門の上から見下ろす私に気づき、必死に手を振った。


「助けてくれ!蛮族が……蛮族が王都を!エウラリアの祈りなんて何の効果もなかった!兵士たちが目の前で食い殺されて……!」


「元殿下。愛と癒やしの治世はどうなさいました?」


 冷淡に問いかけると門扉にしがみつき、泣きじゃくった。


「間違っていた!お前が必要だ!いや、お前の家の力が必要なんだ!復縁してやる、だから結界をもう一度張ってくれ!」


「復縁して、やる?やる?」


 鼻で笑った。この期に及んで自分が選ぶ立場にいると思っているのか。


「ゼノーノ、弓を」


 隣に立つゼノーノから長弓を受け取る。矢をつがえ、躊躇なくケーアスの足元に射ち込んだ。ヒュンッ、と風を切りブーツの数センチ横に突き刺さる。


「ひぃっ!?」


「勘違いなさらないで。守るのは無辜むこの民と私の領地だけ。あなたのような、守られることの価値を理解せず……守り手を侮辱した愚か者を守る義理はありません」


 眼下の元婚約者に氷点下の宣告を下した。


「王都の民は我が領地で難民として受け入れましょう。ですが……ケーアス・アウグスト。あなたは入国禁止です」


「な、何を言う!王子だぞ!?」


「いいえ。無能な指揮官です。敵を招き入れ、国を滅ぼした戦犯がどの面を下げて私の城門を叩くのです?」


「サンテーヌ、頼む……死にたくない……死にたくない!」


 地面に這いつくばり、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにする男は不器用ながらも忠誠を尽くそうとした相手。今の彼に見えるのは王族の威光など欠片もない、弱者としての醜態。一瞥もくれずゼノーノに命じた。


「全軍、防衛システム起動。アイゼンロア領を中心とした新防衛ラインを展開せよ。滅びゆく王国の残骸ではなく、新生アイゼンロア公国である」


 ハッ!!


 騎士たちの野太い声が轟く。地響きと共に、領地の周囲に巨大な光の壁、強化版アイゼンロア・ウォールが立ち上がる。輝きは王都を焼く炎よりも強く、美しく冷酷だ。

 壁の外に取り残されたケーアスが絶望の叫びを上げて門を叩く音が聞こえる。だが、音もすぐに迫りくる騎馬民族の蹄の音にかき消されていく。

 城壁の上で風に煽られる髪を押さえた。重い鉄のにおいがする風。香水臭い謁見室の空気より、ずっと清々しい。


「行きましょうゼノーノ。忙しくなるわ。これからは私たちがルールを作るのですから」


 鋼鉄の女帝と後にそう呼ばれることになるサンテーヌは、燃え落ちる旧国を背に力強く歩き出す。背中は自由で誰よりも強かった。

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