第四章 56話 しばしの休息
「脇が甘い!」
「ぐえ!」
僕の木刀を脇腹に食らい、顔をしかめて崩れ落ちるレイ。
「師匠……ちょっとタンマ……」
「レイ……これが実戦だったら敵は待ってくれないぞ?」
「うう……」
レイは泣きそうな顔になりながらも木刀を握りしめて立ち上がり、再び僕へと立ち向かっていく。
ここはギルド横の闘技場。
今日は久しぶりにレイと立ち合い稽古の真っ最中だ。
「レイー! 頑張ってー!」
「二人で応援してるわよー!」
観客席ではティアナとミュールが、他の観客たちに紛れておいしそうにお菓子を食べながら僕たちの様子を見ていた。
剣を振りかぶり、がむしゃらに向かってくるレイを軽くいなしながら、僕は少し思いにふける。
バーンを倒してから……もう半月。
あの後は、色んな人に街中あっちこっち引っ張り回されてばかりで忙しい日々だった。
領主のフッケ伯爵からは、内密ながら屋敷に呼ばれて直々に感謝の言葉をもらい、口止めも兼ねてかたくさんの金貨を差し出された。
けれど僕にとってはバーンとの決着は望むところであったし、金貨はそこまで必要でも無いので、丁重に辞退している。
ちなみに伯爵は、バーンに自分の街へ潜伏されていたことがかなり衝撃的だったようで、この際とばかりに街の整備や犯罪者の摘発にやっきになり、応援として冒険者たちに援助を求めたという。
おかげで冒険者ギルドもかなり潤ったそうだ。
そのギルドのマスターであるジョージさんからも感謝の言葉を受け、ささやかながら祝勝会も行われて「獅子の咆哮」のみなさんや冒険者の人たちから盛大に祝ってもらった。
無論、ここはジョージさんの奢りである。
「なぁ……ムミョウ君……考えて欲しいんだが……」
そんな祝いの席で、ジョージさんからはしきりにギルドの職員にならないかと誘われた。
ジョージさん曰く、今後は僕が色々な国から引っ張りだこになることは間違いないので、それを抑える意味でもギルドに入ってもらった方がいいだろうとのこと。
僕のことを気遣ってくれる申し出はありがたいけれど……職員なんてのはガラじゃない。
それに今は冒険者として剣の修行に励む方が性に合っているので、申し訳ないけれど誘いは断った。
ただし、依頼である他の冒険者が鍛錬場を攻略出来るように支援をするのは継続していくつもりだ。
その一環として、毎日三時間ほど希望する冒険者に対し、以前「獅子の咆哮」のみなさんとやっていたような訓練をやったり、鍛錬場のモンスターに対する対処法などの講座を行うことに。
僕の担当は三日ほど、それ以外の日は「獅子の咆哮」のみなさんが交代で受け持ち、少しでも多くの冒険者の人たちが鍛錬場を攻略出来るように頑張っているところである。
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さて……レイとの稽古に話を戻すとしよう。
闘技場での稽古を始めてから時間が経ち、レイには疲れの色が濃い。
額から汗が流れ、息も荒くてフラフラしているが、ここは心を鬼にしてもう少しだけ続行。
「足がバタバタしすぎ! そんなんだと重心が安定しないぞ!」
駆け寄りながら振り下ろしてくるレイの木刀を、頭上で横に倒した木刀で受け止め、そのまま跳ね上げる。
体勢を崩して腹ががら空きになった所で、僕は一気に近づいて木刀を振り抜いた。
「げふっ!」
さすがに全力は出さないが、痛みを知ることも稽古のひとつ。
腹を押さえてうずくまったレイの頭に木刀を振り下ろす。
「まっ参った!」
レイが涙目で見上げながら手を出して降参を宣言。
僕はレイの頭に、当たるか当たらないかのギリギリで木刀をピタリと止めた。
「まだまだだな……レイ」
「うぅ……」
レイはお腹をさすりながら、空を見上げる。
「師匠に勝てる気がしないよぉ……」
「以前よりは大分剣筋も良くなってきている。だけど僕はまだまだレイに負ける気は無いぞ?」
「うう……頑張って『加速』も使えるようになったのに……」
「そうやって魔法に頼ろうとするから振りが甘くなるんだ。まずはしっかり剣を鍛えてからでないとな」
「うぅ……」
僕にたしなめられ、ふくれっ面のレイ。
確かに身体魔法『加速』のおかげでレイの踏み込みは格段に速い。
けれど、逆にそのせいで動きが直線的になり軌道を読みやすいのだ。
「魔法は発動に少し時間がかかるのも問題ではあるな……不意打ちからでは使えないし……」
「じゃあどういうときに使えばいいの?」
「そうだな……例えばこちらから奇襲を仕掛ける場合とかかな。相手との間合いを詰めるにはもってこいだろう」
「なるほど……」
お互い地面に座りながら話し合っていると、観客席から下りてきたティアナとミュールが近づいてくる。
「お疲れ様二人とも」
「レイ……相変わらずムミョウお兄ちゃんにボコボコね……」
「うるさいなあ! いつか必ず師匠に勝ってみせるんだから!」
「へえ……あと何年かかるか分からないけれど、気長に待っててあげるわね」
「ぐぅ……」
このやりとりがいつも通りの二人なんだけれど……最近はお互いの距離が妙に近かったり離れていたりすることが多くなった。
ミュールを傭兵たちから助け出した辺りからだろうか?
お互い手が触れるとサッと引っ込めたり、片方がいないともう片方がやたらとソワソワしていたり……。
これはもしかすると……ミュールに対してレイもようやく意識しはじめたのかな?
平和な二人の光景を、僕とティアナは苦笑しつつ前にあるお菓子を手に取ってほおばる。
そんな時、ギルドの扉が開いて誰かが入ってくるのが見えた。
「ん……?」
僕たち四人に近づいてきたのは……ギルドマスターのジョージさん。
「ムミョウ君……頼みがあるのだが……」
ジョージさんは目の前にやってくるなり……そう言った。
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