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第三章 54話 決死の覚悟

 ジョージさんによって、ティアナの指名手配解除と勇者バーンの犯罪行為が明るみになってから1週間。

 僕達は勇者の一件が片付くまで、『獅子の咆哮』の人達の鍛錬場30階層への挑戦や街での単独行動を控えることに決めている。


 出来ることと言えば、闘技場での稽古と皆揃って街での買い物くらい。

 勇者の事はギルドだけでなく、ノイシュ王国などからも固く口止めされており、街の人達からはいつになったら30階層へ挑戦するのかと何度も聞かれるが、言葉を濁すしかないのが辛い所だ。


 僕と前衛の3人は2人1組で木剣での打ち込み、後衛3人は的に向けてひたすら矢と魔法を撃ちこみ続ける。

 観客席の冒険者の人達も僕達の稽古の様子を見て不満げだ。


 ティアナも……ジョージさんの報告を受けてからどこか気分も落ち込んでいるように見える。

 自分のせいで30階層への挑戦が出来ない事や、皆が自由に動けないのを気に病んでいるんだろうか……?


 僕はティアナの様子が心配なので、レイとミュールには出来るだけ側にいてもらうようにお願いし、今も観客席のティアナについてもらっている。


「はぁ……いつになったら俺達は30階層挑戦できるんだろうなあ……? あっ……! ティアナの事を悪く言うつもりはないんだぜ?」


 バッカスさんが、僕と打ち合いをしながらため息をつく。

 僕としても、『獅子の咆哮』の人達に早く挑戦してもらいたいとは思っているけれど……

 勇者の居所が分からない以上は、皆を危険な目にあわせるわけにはいけない。


 これ以上こういう日々が続くとなると……挑戦へのやる気自体が削がれかねない……


 もどかしい気持ちばかりが先走っている。


 一旦皆を集めて、休憩を取ろうと声を掛ける。

 そして、ふと観客席のティアナが身なりの良い見知らぬ女性に話しかけられているのを見つけた。


 誰だろう……? 見たことのない人だなあ……


 いぶかしげに僕は観客席を見つめていると、他の人達も僕の見ている方を同じように見つめ始めた。


「うーん……? あいつは……恰好は違うがどこかで見た気がするんだよなあ……」


 自称街中のいい女を全員知っているバッカスさんが、腕を組んで考え込んでいる。


 その内、ミュールが闘技場を降りて僕らの所へ走って来る。

 ティアナとレイは……その女性についていってギルドの中へと入っていく。

 ギルドへと入る際、ティアナは僕の方を見ると、真剣な顔をしながら小さく頷いたように見えた。


 ミュールは僕らのところまで急いで走って来る。


「さっきの女性は領主からの使いらしくて、ティアナさんの知り合いが館に来ててぜひ会いたいから迎えに来たって言ってた。 使いの人にはティアナさん1人でと言われたけど、ティアナさんがレイだけ見送りについてきてほしいって。 私は皆への連絡をお願いって言われて……でもその時、私達の耳元でレイにはこっそりついてきて……と、私にはこの紙の切れ端を皆に見せてって言われたの……」


 そしてミュールは荷物から紙の切れ端を取り出し、それを皆がのぞき込む。

 そこには……


 バーン


 とだけ書かれていた。

 だがその瞬間、皆一斉にその意味を理解し、僕はティアナを追いかけようと走り出す


「ああ! 思い出した! あの女……確か西の貧民街で俺にしつこく私を買って抱いてくれってせがんできた女だ! やせっぽちだったがまぁそこそこ綺麗な顔だったんで覚えてたぜ……」


 といきなりバッカスさんが叫ぶ。

 なぜそんな女性まで知っているのかは気になるが……

 これで点と点が繋がり、線になる。


 僕はバッカスさんの叫びを聞きながらギルドの外まで駆け出す。北に走り出す貴族の乗るような馬車が見え、その後ろにレイがしがみついており、僕を見ると小さく手を振った。


 僕の後に続いてフィンさん達も外に出てくる。


「フィンさん! ジョージさんに勇者が西の貧民街に潜んでいるかもしれないって事を伝えて! ジョージさんには領主にも伝えて衛兵を出してもらえるようにお願いして!」


 そう言うと僕はティアナを追いかけて走り出す。

 馬車くらいなら自分の足でも追いつく。


 気付かれないように僕は馬車を追いかけ続けると、徐々に周辺の家が古くあばら家などが目立つようになる。


 そして壁などが崩れた古い屋敷の入り口に馬車が止まり、レイは見つからないように馬車の下に入り、僕も近くの家の壁に隠れる。


 ティアナはちらりと馬車を見ると、女性、御者と一緒に屋敷の中へ入っていく。


 僕はすぐにレイと合流し、気付かれないようティアナの後をついていく。


 崩れた屋敷の壁から中をこっそりのぞくと、入ってすぐに2階へ続く大階段があり、ティアナは階段の下に、御者と女性はティアナを挟むように左右に立つ

 2階から誰かが降りてくるのが見えた。

 ティアナとその人物との会話が聞こえてくる。


「ようやく……会えたぜ……ティアナ――!」


「やっぱり……あなただったのですね……勇者バーン」


 ティアナが、顔を包帯や布で隠したその男を睨みつける。


「くっくっく……気付いていたか」


「ええ、サラさんとアイシャさんが私に会いたいから領主の館に来いなんて……あの2人なら逆に会いに来るはずと思ってましたし……館にではなく、西側の貧民街に連れて来られた時点で察しました。 それで? 私を殺したいですか?」


 ティアナの一言で勇者が叫び出す。


「ああ! 殺したいさ! お前のせいだ! お前のせいで俺はこんな顔になった! あの時、こんな傷を治せたのはお前の回復魔法かあのバカ高い軟膏くらいなのに、お前は逃げちまったし、軟膏ももう無かった。 おかげで俺の顔はこのまま、王都に戻れば皆から笑われるか気味悪がられるようになっちまった!」


 そう言って顔を隠した包帯や布を取り外す。

 ……顔は大部分が焼けただれ、髪もほとんど生えておらず所々に残っているだけ。

 以前の勇者とは比べようもないほど醜くなった顔に思わずティアナだけでなく、レイも目を背ける。


「俺の事を笑った野郎をぶった斬り、王様の使者とやらを殴り飛ばして逃げてきて、ここで持ってきた金貨と宝石を使ってどうにか隠れていたら、ひょんなことからお前もこの街にいることを知ってな、どうにかして復讐してやろうってずっと考えてたんだ。 だがお前がなかなか1人にならなくて苦労したぜ、おかげで時間も掛かったが……お前がバカで助かったよ」


 勇者が笑い出すが、その顔と火傷の痕で化け物が笑っているようにしか見えない。


「お前と一緒にいつもいるあのムミョウという奴……誰かに似てるなと思ったら、あの時のクソ野郎じゃねえか。 何でこんな所にいるかは知らねえが……神様に感謝だぜ、お前を俺達であの時みたいにボロボロになるまで遊んでから、あのクソ野郎の前に連れてって惨たらしく殺してやるよ」


 そう言うと屋敷の一室から屈強な男達が何人も出てくる。

 


 ティアナがため息をつく。


「バーン……サラさんとアイシャさんは……あなたと一緒なの?」


 ティアナがぼそりと呟く。


「ああ!? あいつらいつの間にかお前の事をあの街で聞きやがったみたいでよ! 俺の事を罵りながら教主国に帰りやがったよ! 散々俺が可愛がってやったってのによぉ!」


「……そう。 ならもう気にすることもないわ。 ああ、1つだけ教えてあげる。 私は1人ではここに来てないわよ?」


 ティアナが意識を集中させ、魔法を発動させようとする。

 それを見た男達やバーンが止めようとするが、ティアナは魔法の発動を邪魔されない距離を保っており、止めることは叶わなかった。


「我らを守れ! 『炎の堅陣』」


 ティアナが叫ぶのと同時に、左右と前方に炎の壁が出現し、屋敷にも燃え移る。

 そして玄関を飛び出て来たティアナを抱き止めた。


「ティアナ! 無茶しやがって!」


「へへ! ごめん……でもムミョウならきっと来てくれてるって信じてたから……!」


 僕達は屋敷前の庭まで下がる。

 玄関からは煙に巻かれて男女やバーンが慌てて飛び出てくる。


「げぇ! あいつは!」


「確か……あのムミョウだ……鍛錬場40階層突破した奴とやってられるか!」


 僕の姿を見た男女が一斉にクモの子散らすように逃げていく。

 残ったのはバーンのみ、屈辱で醜い顔が更に歪んでいく。


「さて……勇者バーン、あの時から僕は……お前を見返したくて強くなったんだ……」


 レイとティアナの前に進み出て、バーンと対峙する。


「ちっ! クソ野郎がいきがりやがって! 」


 バーンも剣を抜いて構える。


 あの時から3年たった……

 バーンとの因縁を……ここでつける!

作品を閲覧いただきありがとうございます。


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