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第三章 46話 僕達の理由

 月の無い暗闇の街道をひたすら駆ける。

 胸に宿るのはあの時の絶望。

 ティアナを助けられず、勇者に笑われ投げ捨てられたあの時……


 もう……二度と……あんな思いはしたくない――!


 踏み込む足にも、鞘を握る左手にも力が入る。

 ひたすら走り続け、あっという間に集落に辿り着いた。


 刀を抜いて警戒しつつ中に入る。

 門は打ち破られ家の中は荒らされているが、火はつけられていない。

 けれど家畜達も軒並みいなくなっており、樽の蓋も開けられている。

 残っている奴がいればそいつらから居場所を聞き出そうと思ったが……


 食料や金品狙いか……


 集落を襲ってからそこまで時間は経過していない。

 なのにここまで徹底して食料や家畜、金品だけを奪っている。

 レイは傭兵達が襲ってきたと言っていた。

 周辺で傭兵たちがいた理由となると……連合国で魔王討伐だろう。

 恐らくで貴族か王様に魔王の眷属と戦うために雇われた連中だ。

 だが金が支払われずに追い出されたのでこの集落を襲ったという事か……


 ここはフッケから走れば20分も掛からない。

 そんな場所を狙うのだ。

 そいつらはすぐさま居場所を変えてまた別の所を狙うのだろう……


 急がなくては……


 集落に誰もいないことを確認し、すぐさま街道に出て教えられた東の洞窟へ向かおうとすると、街方面から誰かが走って来るのを感じた。

 剣を構えて様子を見ていると、影がだんだんと近づいてくる。


「師匠……?」


 影の主はレイだった。

 僕は驚いて思わずどなってしまう。


「レイ! なぜ来た! 街で待っていろと言っただろう!」


 レイは僕の言葉に一瞬怯えたものの、すぐに僕を見つめ返す。


「僕も……僕もミュールを助けに行きたい! 待っているだけなんて出来ない! 僕だって――僕だって!」


「駄目だ! 今から大勢の敵を相手にしながら、連れ去られた人達を助けに行くんだぞ? 未熟なお前では返り討ちにあうだけだ!」


 手で激しく振り払ってもレイは動こうとしない。


「レイ! いい加減にしろ! 」


「師匠……! 僕が師匠に弟子入りしたのはミュールや集落の人を守りたいって思ったから……今がまさにその時なんだ! お願いだ! 師匠!」


 僕を真剣な目で見つめてくるレイと、昔ティアナを助けに行こうと必死だった自分の姿が被って見える。

 僕がレイとミュールによく構っていたのは……昔の自分とティアナの姿によく似ていたから。


 もし、僕だけで行って傭兵たちを倒し、全員を助けたとしたら……

 レイはあの時の自分と同じ、無力感にさいなまれるかもしれない……


 目を閉じ、じっと考え、大きく息を吐く。

 そして僕はレイの肩を掴み、諭すように話し始めた。


「レイ……お前がどうしてもというのならば……ついてくるがいい。 だが、今から僕達は……人を殺しに行くんだ。 自ら鍛えた技でもって……人の命を奪うんだ。」


 僕の静かな気迫にレイは息を呑む。


「けれど、人を殺すんだと思ってはいけない。 そう思えば思うほど剣が鈍る。 その結果に待つのは自分の死。 だからこう思え。 僕達が斬るのは人の命を糧にして生きていく悪人達。 1人を斬る度、誰かが1人助かるのだと。 そして自分の剣で皆を……ミュールを助けるんだと」


 レイが静かに、けれど大きく頷いた。

 僕は何度もレイの頭を撫でると洞窟のある方向を向く。

 そしてレイと2人で一気に駆け出し、森へと入っていく。


 森の中はさらに暗闇で方角すら分からない。

 方位磁石で時々確認するが、すぐに分からなくなってしまいそうになる。


 くそっ……何かあいつらの通った痕跡でもあれば……


 そう思いながら意識を集中させていく……

 すると……薄っすらとあの白い線が森の奥へと流れていくのが見え始めた。


 これは……もしかしてあいつらの意識なのか? 

 それならばこれを追えば!


 僕達は白い線を追いながら森の中を走り抜けていく。

 レイは迷いなく走り続ける僕を不思議に思っているようだが、特に疑問を投げかけることはしない。


 そうしてしばらくの間走り続けると、森の中で警戒のためか松明を持った2、3人組の男達を何度も見かけるようになったので、気付かれないよう注意を払いつつ進み続ける。

 そうして遂に奥で薄っすらと灯りが見えるのを確認した。

 さらに近づくと人の声が聞こえてくる。


 ある程度まで近づいて草むらに隠れると、周辺は木を切り開いた広場になっており、鎧を着た男達数十人が慌ただしく馬や馬車に荷物を積み込んでいるのが見える。

 奥には洞窟の入り口が見えているが、周囲にミュールや捕まったであろう集落の人達の姿は見えない。


「レイ、ミュール達は恐らく中にいるはずだ。 まずは外にいる奴を全員……斬る」


 右手で鞘を握り、力を込めていく。


「師匠……無理しないでね……? 相手は100人くらいいるって冒険者の人が言ってたから……」


 レイも剣を構えて僕を見る。


「大丈夫だよ、レイ。 君の方こそ無理に突っ込んじゃいけないから、ある程度片付くまではここにいてくれ。 あと……僕にとっては100人だろうが1000人だろうが同じことだよ」


 レイを見ながら優しく頷く。

 そして……僕は得物を見定めた獣の如く、近くで馬に荷物を積み込んでいた男へと刀を抜き放つ。


 刀の軌道は小さく。

 振りは最小限に。

 狙うは相手のノド。


 どうせ全員斬るにせよ、出来るだけ気付かれずに倒すに越したことはない。

 最初の男は、僕の方を振り向いた瞬間にノドを斬り裂かれ、死んだことにすら気付かず崩れ落ちた。


 そして次の男へと一気に近づき、同じようにノドを狙って刀を振る。

 松明の薄い灯りの中で、刃がきらめくたびに1人、また1人と男達が命の火を消されていく。

 そして、10人ほど倒したあたりでついに気付かれ、一気に周囲が慌ただしくなった。


「誰だ貴様は!」


「くそっ! 追手か! いつの間に!?」


「こいつ強いぞ!? いつの間にか何人かやられちまってる」


 口々に傭兵達が叫びながら僕を取り囲む。

 数はおおよそ20人弱。


 鍛錬場のモンスターや四天王に比べれば――。


 僕は囲まれていることを気にすることなく、手近な男に一気に近づいて鎧ごと胴体を掻っ捌く。

 斬られた男は傷口から臓物を噴き出し、激痛を叫びつつ口から大量の血を吐いて倒れた。


 その光景を見た他の傭兵達は腰がひけている。


 それでいい……


 誰だって死ぬのは怖い。

 ましてや今のような苦しみの末の死など御免こうむるだろう。


 僕にとっては距離を取られるより、一斉に向かってこられる方が面倒だ。

 だからこそ、わざと苦しむような方法を取って1人を殺した。


 ――殺しには慣れるな――


 僕が初めて人を殺した時の、師匠の言いつけがまざまざと蘇る。


 けれど……今は……今だけは――!


 ただ皆を助けたい一心で、僕は刀を振るう。


 ――――1人目


 ――2人目――


 3人目――――


 ひとたび刀を振るえば、1人ずつ男達が崩れ落ちていく。

 首を飛ばされ、両腕を斬られ、身体を大きく斬り裂かれ……


 瞬く間に20人以上いた男達は数を減らして残るは数人。

 血で濡れた刀を、近くの首を飛ばされた男の服で拭う。


 ここに至って男達はこのままでは自分たちもそこら中に倒れている男達と同じ運命をたどるだけだと悟り、一斉に僕に向かって剣を振り上げる。


 前と後ろから迫ってきた男達2人のうち、前の男が先に剣を僕に振り下ろす。

 僕はわずかに右に逸れて剣を躱し、そのまますれ違うように剣を振るって首筋を断ち斬ると、後ろから迫る男と今殺した男の身体を挟むように移動する。

 男は一瞬ためらって動きを止めたので、すかさず近づいて喉元へと刀を突き入れる。

 男は口から血を吐きながら倒れた。


 最期の男は僕に弓を向けて狙いを定めていたので、腰に隠していた投げナイフを投げつけ、眉間へと突き刺した。


「レイ! もういいぞ!」


 草むらからレイが飛び出してくる。

 そこら中に倒れている傭兵達を見やりながら僕に近づいてきた。


「師匠……」


 血にまみれた僕の姿を見て、不安そうに呟く。


「気にするな。 それよりも問題は中だ。 さすがにこれだけ騒がれたら相手も中で待ち伏せているだろう。 ここからが本番だぞ」


 レイは息をのんで頷いた。


 そして僕とレイは洞窟へと入っていく。

 過去の自分の無力感を振り払うため。

 大事な人を助けるため。


 例えどんな敵が相手だろうと……全員斬り捨てる――!



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