第三章 35話 心の中の驕り
闘技場の中央で僕とフィンさんは、お互い自分の刀と剣を構える。
最初は木刀を選ぼうとしたが、首を振って拒絶された。
フィンさんの得物はバスタードソード。
両手剣で刃は厚く重い。
下手に刀で打ち合えばただではすまないだろう。
僕とフィンさんはじっとしたまま微動だにしない。
静寂が闘技場を包む。
誰かが唾を飲み込む音さえ聞こえてきそうだ。
思えば……真剣で立ち合いするのは師匠以来。
でも師匠はどこか力を抜いて遊んでいる気がしていた。
けれど……フィンさんは違う。
遊びも、手抜きもない。
僕を殺そうとしている。
文字通り全力。
一切の余力もなく、全身全霊を以て僕と対峙している。
ここまで全力で向かってきている人には……僕も全力で当たらなければ――!
柄を握り直し、呼吸を整え、フィンさんの視線に目を逸らさず、真っすぐ見据える。
「ハァッ!」
唐突にフィンさんが叫び、足を出して一気に前に進みながら剣を振りかぶる。
僕を一刀両断にせんと頭上に襲い掛かる剣
僕はその剣に併せるように刀を振り上げて下ろす。
刀と剣がすれ違う。
その瞬間、刀で剣の腹を横に押し出し、剣の軌道をずらした。
剣は僕の左側に振り下ろされ、地面へと突き刺さる。
刀はフィンさんの手へと吸い込まれていくが、まさに手首が両断される寸前に勢いを止めた。
刀を回して峰の部分を前にし、手の甲に鋭く小さく当てる。
フィンさんは手に走った激痛で剣を取り落としてしまった。
ハァ――
僕は大きく息を吐いて身体の緊張を解いていく。
フィンさんは左手の甲を押さえながら膝から崩れ落ちた。
「フィン!」
メリッサさんが叫びながら駆け寄ってくる。
他の『獅子の咆哮』もそれに続いてフィンさんの周りに集まってきた。
「やはり……勝てないか……」
フィンさんの顔は悔しさでにじんでいた。
けれど僕に対して真っすぐ両膝を着け、目上の人への礼儀の姿勢を取る。
他の『獅子の咆哮』さん達も同じように両ひざを折り、僕に対して屈みこんだ。
「ムミョウ君、お願いだ……私達を20階層を攻略できるよう鍛えてほしい」
フィンさんが頭を下げる。
それに習うように他の屈んでいる人たちも全員頭を下げた。
「え……」
僕はいきなりの事で思わずきょろきょろと見まわしてしまう。
「勝手な頼みとは重々承知している……だが、私達はどうしても20階層、そしてこの鍛錬場を突破したいんだ!」
フィンさんが涙を流し出しながら、僕へ真剣に語り掛ける。
「3年前……私は30階層を突破し、残りは10階層となった。 街では皆から誉めそやされ、ギルドからも次の鍛錬場攻略者は君達だと言われ、私たちも40階層を突破出来ると自信を持っていた。 だが、準備を整え31階層に降りれば、突然現れた今まで見たこともないオークが私達の行く手を阻みだした。 それでもやっと40階層まで辿り着けばあの巨大なオークが待ち受け、私達は何もできずに撤退を余儀なくされた……」
僕がボルスを倒したあたりか……
「それからは何度も挑戦と失敗の日々だった……仲間も瀕死の重傷を負い、その治療やオークを倒す方法を考えるが有効な策はなく時間ばかりが過ぎていく。 1年が過ぎ、なんとか勝てる見込みを見出して次こそはと挑戦すれば今度は巨大なウェアウルフが私達を待っていた……」
ここでフィンさんが一息つく。
「もう、私達にはどうしようもなかった……1年かけて考え、必死になってやっていたことが無駄になったんだから……ダメ元でそのウェアウルフに挑戦しようとも思ったけれど、結局諦めたよ……もうそれからはもう40階層には向かっていない……私達の到達階層は39を表示したまま止まっているんだ」
改めてフィンさんや他の人達も深く頭を下げる。
「私達が何度も失敗するのを聞いて、私を誉めそやしていた連中から手の平を返したように罵られ、笑われ続けた。 私だけにそれが向かうのならいい……だが、私を信じてついてきてくれたこの仲間達まで蔑まれるのはどうしても我慢ならない!」
フィンさんが下を向きながら両手で拳を握り締める。
「だから頼む! 3日で30階層を突破したことも、今の立ち合いでも君が圧倒的に強いことが痛いほど身に染みた。 だから……だからお願いだ……私達を強くしてほしい……僕達の、止まった時間を進めさせてくれないか……」
後半からはもう涙声でフィンさんは僕へ切々と訴えた。
他の人達も口々にお願いしますと言って涙を流していた。
僕の前で跪くフィンさん達を見て、フォスターでの出来事が鮮明に蘇る。
ティアナを助けてもらおうと、ギルドから出ようとした勇者に縋り付いたあの時。
この人と同じように僕は必死だった。
希望に頼って恥も外聞もなく、ただただ足にしがみつき殴られ蹴られた。
ああ……僕は何てことをしていたんだ……
この人達の40階層は……僕にとってティアナを捕まえ苦しめた連中や勇者と同じ。
越えたくても越えられず、自分が無力である事を思い知らされた高い壁。
その壁に苦しんでいる人達の目の前で、軽々しく力を見せつけて年下の僕に膝を折らせてまで教えを請わせるなんて……
僕はそんなに偉くなったのか……?
――違うだろ!
師匠にまだまだ追いついていないのに、そんなおこがましい事をしていいはずがない!
僕はフィンさんの前に進み、膝を折って同じ目線に並ぶ
「フィンさん……僕が剣を鍛え始めた理由を言ってもいいですか?」
「え?」
フィンさんが涙でグチャグチャの顔で僕を見上げた。
「僕は3年前までただの銅級冒険者でした。 毎日薬草を採ったり、畑仕事を手伝ったり……おおよそ冒険者とは呼べないような仕事ばかりでしたけどね。 でも、ある時……大事な人が苦しんでいたのに僕は無力で何も出来なかった。 そして、その人は強くなりたいと言って僕の前から去っていきました」
フゥ……
胸が熱くなってくるのが分かる。
「そして僕は森へ飛び出した。 何も出来なかった悔しさと、もうどうなってもいいという絶望で。
そしていよいよ死ぬんだと思ったその時、僕の師匠と出会いました。 その人のくれたスープは美味しくて暖かくて……そしてその人が言ってくれたんです。 わしの弟子にならないか……と」
フィンさんは僕の語りにじっと耳を傾けてくれている。
「それからはもう必死でした。 毎日稽古に励み、魔王のいるという連合国まで行って四天王を倒したりとか……でも、僕が耐えられたのはやっぱりあの時の絶望と師匠のおかげなんです。 もうあんな目には合いたくないし、僕の大事な人を守れるように強くなりたいって……」
僕はフィンさんに手を差し出した。
「だからフィンさん……鍛えてくれ、強くしてくれなんて僕にはまだまだ早い言葉です。 鍛錬場、そして今のフィンさんとの立ち合いで、僕は今まで自分の強さに浮かれていた事を思い知りました……自分の力をむやみやたらに振り回しただけの、まだまだ師匠には及ばない未熟者。 だから……一緒に頑張りましょう! 一緒に強くなりましょう!」
「……ああ! よろしく頼む!」
フィンさんは腕で涙を拭うと、僕の手を力強く握り返してくる。
弟子とはちょっと違うけど……僕は信頼できる人達と一緒に頑張れるのが嬉しく思えてきた。
「ちょっといいかな?」
僕とフィンさん手を取り合っているところへジョージさんが割り込んできた。
「どっどうしたんです? ジョージさん」
いきなり入ってきたのでちょっと驚いちゃったよ……
「いやなに、ムミョウ君は家を探してて、30階層突破したら私の探した家を見に行くって言ってたよね?
実はあれギルドのすぐ隣なんだよ。 結構大きくて豪華だし何人も住める、しかも隣だから闘技場もすぐ近くで鍛錬にはもってこいだよ? しかもお値段は金貨100枚! どう? 明日見に行く?」
「え!? とっとりあえず明日で……」
なんかものすごい好条件の家で僕はびっくりした。
ジョージさんどういう伝手で見つけてきたんだその家……
「そして、君にはこれを……」
そう言ってニコニコと笑顔のジョージさんは僕にキラキラ輝く金の腕輪を渡してきた。
「これは……」
「30階層突破おめでとう! これで君は金級冒険者だ」
その瞬間、周りの人達から一斉に拍手が起こり、おめでとうという祝福の言葉が溢れる。
皆から祝福の言葉、そして実績の証、金の腕輪。
師匠……今までの自分を戒め、今度は新たな人達と一緒に頑張っていこうと思います。
腕輪を空に高く掲げ、僕は亡き師匠へと固く誓った。
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