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第二章 10話 出発と寄り道

 季節は過ぎ、雪も解けて地面から草木も顔を出し始める。


 スゥ……ハァ……。


 まだ寒さの残る朝の森の中で僕は眼を閉じ、静かに両手で剣を構えていた。


 その後ろから音もなく忍び寄る気配。

 恐らく……普通の人には気付かないようなかすかなもの……。

 でも……僕には分かる。


 かすかに、カチっという金属音が聞こえた。

 すでにその気配との間合いは僕の剣が届く距離。

 そして次の瞬間!


 何かが風を斬って迫ってくるのを感じた僕は、眼をカっと見開いた。

 そして素早く後ろを向きながら右ひじを上げ、剣を下向きに構えながらギリギリでその何かを受けた。

 ぶつかり合った剣と何かからは、キィンという高音とともに激しい火花が飛び散った。


 気配と僕はお互い後ろに飛んで距離を取る。


 暫くの間、僕は微動だにせず気配と対峙していたが、目の前を木の葉が舞い落ちたところでお互い大きく息を吐く。


「さすがよムミョウ。よもやそこまで強くなるとは思っていなかったわい」


「はぁ……心臓に悪いですよ師匠」


 気配――師匠はにんまりと満面の笑みだ。


「ふむ……お主の才は気を感じる方であったか」


「気を感じる……?」


「そうじゃ、人やモンスターはのう、大なり小なり何かしらの気を発しとるもんじゃ、まぁ以前わしがお前にぶつけたはっきり見えるような気なんてのはそうそうないがな」


 あそこまではっきりと感じる気とはそう何度も出会いたくないよ……。


「お主とて敵と対峙した時には、どこを攻めるかとかどうやって攻撃しようかとかあれこれ考えるじゃろ? 敵とて同じ、そういう思考が気となって飛んでおる。お主はそれを感じて人よりも早く攻めや守りに転じれる。論より証拠でさっきのわしの居合も、抜いた瞬間に出した気をお前はきっちり感じ取って防御しおったではないか」


 そうだったのか……。

 確かに、何かが後ろから迫って来る感じがして体が勝手に動いた様な気がしたけど、意識せずにそういう気を感じ取っていたからなのかな?


「あとはその気の感じ方をしっかりと体に覚えさせて、意識して相手の思考を読み取れるようになれば、わしの刀であっても容易にかわせるはず……ということでじゃ」


 師匠がしきりに頷きながら話してる……

 あ~……これは……


「鍛錬の続きじゃ!」


 やっぱりか~!

 僕に剣を受けられたのが悔しかったんだろうな……。


 そして、半分……いや、それ以上の私怨をはらみつつ、師匠の厳しい鍛錬は続くのであった……。


 ▽


 夜になり、トゥルクさんの家に戻った僕たちは夕食を頂きつつ、いよいよ計画を実行に移すことをトゥルクさん達に打ち明ける。


「雪も解けたし、お主たちのおかげで十分な食料も集まった。そろそろ魔王のいるブロッケン連合国へと向かおうと思うんじゃ」


「ソウカ……シバラク会エナクナルノガ寂シイナ、2人トモ必ズ帰ッテ来イヨ」


「なーに! ムミョウとわしがいれば魔王なんて余裕じゃわい!」


 師匠がドンと胸を叩く。


 この前は魔王までは行かないって言ってたのに……はぁ……。


 先行きの不安を感じながらも、逸る気持ちは抑えられない。


 師匠との鍛錬の成果……どこまで強くなれたのだろう?


 身体の奥底が熱くなってくるのを感じながら居ても立ってもいられず、食事を終えて皆が眠ってしまっても、僕は一階の居間で一人剣の手入れや荷物の確認を何度も行ってしまっていた。


「おい、ムミョウ明日は早く出るんじゃからさっさと寝るんじゃ」


「そうは言っても……楽しみでどうにも寝付けないのです」


 ワクワクの収まらない僕を見て、師匠はため息をつくけれど、おもむろに椅子に座ると静かに語り出した。


「なぁムミョウよ。今から問いを2つお前に投げる」


「え?」


 いつになく真剣な表情の師匠に、僕は拭いていた剣を鞘に納めて机に立て掛ける。


「これはな、わしの師匠のイットウからの問いでもある」


「師匠の……イットウ様から?」


「ああ、弟子になったわしに、お前にも弟子が出来たなら必ずこの問いを投げかけろと言われたんじゃ」


 左手の指で数字を示す。


「まず1つ」


「生とはなんぞや?」


「2つ」


「死とはなんぞや?」


「……? よく……分からないです……」


 突拍子もない問いかけにムミョウもさすがに困り果てる。


「今は分からずとも良い。いずれ……お前にもその答えが出る日が来る」


「師匠は……なんと答えたんですか? 」


 トガはしばらく黙り込むが、やがて重い口を開く。


「生とは……強き者」


「死とは……弱き者とな」


「だが、師匠にはそれでは半分だと叱られてしまったわい」


「……」


「この年になってもいまだに残りの半分が分からん。師匠も難儀な問いかけをしたものじゃて……」


「でも師匠、なぜ今になってそんな話を 」


「お主が考え違いをしておるのでな、それを戒めようと思った」


「え……? 」


「わしらは明日にはブロッケン連合国に向かう。だがそれは遊びに行くのではない……死ぬかもしれない旅路じゃ。言い換えればわしらは死にに行くんじゃ。どんなに剣を鍛えても、どんなに準備をしても、人は死ぬときは死ぬ。わしじゃってそこらのファングウルフに食い殺される未来もあり得よう……だからこそ、お主には甘い考えでいてほしくない。わしの師匠もおそらくそんな意図を持って問いかけたんじゃろう」


「師匠……」


「さて、長話も過ぎた。ムミョウも早く寝るとよい」


「……はい」


 そうだった……僕は浮かれていた、強くなったことに。

 師匠の静かで、それでいて厳しい言葉を胸に刻み、気持ちの静まった僕はベッドへと潜り込んだ。

 さっきはあれだけ寝付けなかったはずなのに、毛布をかぶるなり僕はすぐに目を閉じて眠ってしまっていた……。


 ▽


 翌朝は村のゴブリンさん達が総出で出発を祝ってくれた。


「マタ帰ッテキテクレヨ! トガサン!」


「帰ッテキタラ旨イ酒用意シテ待ッテルカラナ!」


「トガオジイチャン! ムミョウオ兄チャン! 私達マタ遊ンデクレルノ待ッテルカラネ!」


「じゃあ皆さん行ってきます!」


 僕が手を振ると皆さん精一杯振り返してくれた。


 そしていざ村を出ようとすると、トゥルクさんが突然僕たちを呼び止める。


「トガ、コレヲ持ッテイケ」


 そう言ってトゥルクさんは、布袋を僕に渡してきた。


 中を見ると……あのポーションが中にぎっしりと入っていた。


「おい、トゥルク。ポーションはすでにもらっているやつがあるじゃろ? こんなにもらっても使い切れんぞ?」


「違ウ、食料ナドハ十分ダロウガ、先立ツモノモ必要デアロウ? ソレヲコノ先ノ街ノフッケデ冒険者ギルドニ売ルトイイ」


 ポーションの入った袋をじっと見た後、師匠が苦笑いをする。


「すまんのう……トゥルクには世話になりっぱなしじゃ」


「ナンノ……トガカラ受ケタ恩ニ比ベレバコレ位ハシナケレバナ……」


 今度こそ僕たちは旅立つ。

 ゴブリンさん達の声援を受けて……。



 ゴブリンさん達の集落からフッケまではおよそ2週間ほど。

 最初の予定ではフッケには寄らず、森の中を歩き続けるはずだったけれど、トゥルクさんの有り難い好意により、一度森を出て街道を歩くことになった。


 やはり森と違って街道とは歩きやすさが段違いである。思いのほか進みも早かったため、3日ほど早くフッケに到着した。


「はぁ……久しぶりの人里です」


「わしら以外の人間はおらんかったからな。はっはっは!」


「どうしますか? 師匠。トゥルクさんのいう通り冒険者ギルドに軟膏を売った後は、そのままブロッケン連合国に向かいますか? 」


「いや、久しぶりの街じゃし、宿にでも泊まって湯浴みでもしたいとこじゃ、服も洗いたいとこだしの」


「人の作った食事も久しく食べてませんからね。ゴブリン村の食事は美味しかったですけど……」


「よし、ではギルドに売りに行ったらさっさと宿を決めるとしようか」


 方針が決まったら善は急げ。

 フッケの街の南側にある冒険者ギルドへと向かう。


 フッケのギルドはフォスターのように酒場と併設はしておらず、木造ではなく石組の荘厳とした建物で大きさは倍以上ある。

 受付と素材交換所は別に分けられ、受付には男女の係員が数人座っており、その前には冒険者が何人も並んでいる。


「すごい……大きい」


 今まで見ていたフォスターのギルドとの圧倒的な違いに僕は驚く。


 けれど師匠は気にすることなくスタスタと歩き、他の冒険者と同じように受付の列に並ぶ。


「ほれ、はよ並ばんかい」


「あっはい!」


 列に並んで暫く待つと、自分たちの順番が来た。

 受け付けは女性で、綺麗な赤毛のロングの髪に優しい笑顔を見せる。目鼻立ちも整っており、先ほど前に並んでいた男性冒険者に何度も食事に誘われていたが、ピシャリと断っていた。


「ようこそ、フッケ冒険者ギルドへ。冒険者登録ですか?」


「いえ、ポーションを換金したいのですが」


「分かりました。ではこちらでお預かりします。少々お待ちください」


 そして女性係員に布袋から取り出したポーションを五本渡すと、係員は布袋を持って後ろの部屋へと入っていく。

 けれど、それから待てど暮らせどなかなか係員が戻ってこない。


 仕方がないので一度受付から離れ、隅にあるベンチに2人が座って待っているとさきほどの係員が慌てて走ってきた。


「はぁ……はぁ……すみません。一度別室まで来ていただけませんか?」


「ですが僕たちはこれから宿を取らないといけないので……」


 時間がかかりそうかなと思い、一度ポーションを返してもらいたいと言おうとすると係員に必死で制止された。


「もう少し! もう少しだけお待ちください! すぐに上の者を呼んできますので!」


 そう言って慌てて先ほどの部屋へと走っていく。


「どうしましょう……師匠?」


「どうもこうもないじゃろ。換金しないとわしらは宿に泊まれんしなあ。まぁ最悪野宿でもいいが」


 しょうがないのでもう少し待っていると、先ほどの係員が筋肉質で身体の大きい男性を伴って走ってきた。


「もう……ダメ……もう……走れない。」


 女性の係員はあまり運動はしていないようだ……。


「御引止めして申し訳ない。私はフッケのギルドマスター、ジョージ・ハイアンです。失礼ですがあなた方はあのポーションをどこから手に入れたのですか?」


「あのポーションはゴブリンから旅の餞別にもらったものでな、わしは彼らと古い馴染みなんじゃ。冬になったらそのゴブリンの村に冬ごもりさせてもらっておる」


師匠の言葉に、ギルドマスターを名乗ったジョージさんはびっくりした顔をしていた。


「なんと……」


「うそ……」


後ろにいた女性も息を呑んでいた。


しばらくぼう然としていたジョージさんが、首を振って我に返る。


「あなた方の持ってきた瓶の蓋にはゴブリン族でしか書かれない紋章が付いていました。彼らの作るポーションは、我ら人の作るポーションなどよりも遥かに効能が高く、致命傷でもひと塗するだけでたちどころに傷が治ると言われていますが、市場で出てくるのはゴブリンと仲の良い旅人や、極稀にゴブリン自ら売りに来るくらい……このフッケに持ち込まれたのも実に10年ぶりです……」


 ジョージさんが深々と頭を下げる。


「どうかあなた方を通じてゴブリンの方々に軟膏を融通していただけるようお願いしていただけないでしょうか……? もっもちろん! ゴブリンの方々やあなた方には十分対価をお支払いいたします……どうか……!」


 ジョージさんの真摯な態度に僕たちは顔を見合わせる。


「うーん、師匠……?」


「どうもこうもないじゃろう。とりあえずわしらは今年は北へ旅に出る。今年の冬にはまた戻る予定だから、その時に聞いてみるということでよいか? 」


「それで構いません! ではどうかよろしくお願いします! 今回は大型の瓶5本という事で、1本金貨10枚の合計50枚でお支払いいたします」


 そう言ってジョージさんは後ろの女性係員を促し、係員の持っていた布袋をトガに渡す。


「中身をお確かめください」


「いや、仮にも冒険者ギルドじゃ。金貨をごまかすようなことはないじゃろ? 別にええ。それよりそろそろ宿を取らんといかんからの、これで失礼するぞ?」


「はい。今日は良いものをお売りいただきありがとうございました」


 僕たちがギルドを出るまで、ジョージと女性係員は頭を下げ続けており、その光景を見ていた他の冒険者たちは騒然としていた。


「なんか……すごかったんですね、トゥルクさん達って」


「わしはあんまり気にしておらんかったからのう……」


 うーん……ほんとゴブリンってすごい種族だったんだなあ……。

 でもそんなゴブリンさん達と師匠ってどういう出会いをしたんだろうなあ……。


 その後はなかなか高級な宿をとることができ、大きな浴槽にしっかり浸かって体を洗い、久しぶりの人の食事を摂ってぐっすり眠った。


 さあ……明日からはまたブロッケン連合国に向けて出発だ!


作品を閲覧いただきありがとうございます。

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