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わたくし、恋愛結婚がしたいんです。  作者: 青柳朔
第三部

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21:不安と覚悟

 ずっとずっと夢を見ていた。

 好きな人と結婚すること。

 好きな人に好きになってもらうこと。

 お伽噺でお決まりのラストのように、二人は末永くしあわせに暮らしました――そんなふうになりたい。そうなるためなら、どんなことでもがんばれる。


 そう、思っていたのに。


「……お嬢様? 具合でも悪いんですか?」


 そっとこちらを気遣うハンナの声で、エミーリアはハッとした。

 あのあと城から家に帰り、コリンナの懐妊を家族で喜んで――いつの間にか自室に戻っていたらしい。

「なんでもないわ。少しぼぅっとしていたみたい」

 こちらを見てくるハンナにエミーリアは笑顔で答えた。嘘ではない。別に身体はなんともないのだ。

「本当ですか?……まぁそんなお嬢様への特効薬があるんですけどね」

「特効薬?」

「はい、陛下からお手紙が届いてますよ」

 ハンナはトレイに乗った手紙を差し出してくる。手紙には白いフリージアが添えられていた。すっかり季節は春へと移ろいはじめていて、添えられる花の種類もさまざまになってきた。

 それはつまり、結婚式が間近であることを示している。


「……お嬢様?」

 いつもならすぐに手紙を受け取りうれしそうに開封するはずのエミーリアが手紙を見つめたまま動かない。当然、ハンナがその異変に気づかないわけがなかった。

「どうしたんですか!? 熱でもあります!? あっもしかして陛下と喧嘩したとか!?」

「喧嘩なんてしてないわ、大丈夫よ。陛下とは今日お会いしていないし」

 今日だけではなく昨日も会っていない。ここしばらくは二人でゆっくりとお茶を飲む時間もなかった。

「それはそれでどうなんですかね!? 忙しくても同じ場所にいるんですから……少しくらい会う時間を作れないんですか?」

「わたくしも陛下も、忙しいもの……」

 エミーリアにはあったわずかな余裕は、レオノーラが早めにやって来たことで消えたようなものだ。

(……結婚したら、少しはゆっくりできるのかしら?)

 マティアスはもともと忙しい身の上だ。朝早くから夜遅くまで、会議や謁見、視察、たくさんの公務が詰め込まれている。

 結婚後はその一部とはいえエミーリアが負担することができる。多少はマティアスも楽になると思いたい。


「……手紙のお返事は明日書くわね。ハンナももう下がっていいわ」

「……なにかあれば呼んでくださいね?」

 エミーリアがいつもと違うということを察しているらしいハンナはじとりとエミーリアを見てから退室した。

 手紙に添えられていたフリージアを花瓶にさす。その花瓶にいるのは同じようにマティアスの手紙に添えられていた花たちだ。

 こんなに形にして愛を伝えてくれている。


 それなのに――。

「どうしてわたくしは、こんなに不安なのかしら……」


 マティアスからの愛を信じていないわけではない。愛されているという実感も自信もちゃんとある。

 エミーリアの不安は別のものだ。

(……わかってる。わかっているけど、でもそれは)

 花瓶の花を見つめて、エミーリアはゆっくりと目を伏せた。

 覚悟が足りなかったのかもしれない。

 王妃になることがどういうことか、わかっていなかったのかもしれない。


「ただ愛されていればいいわけじゃないってことくらい、わかっていたのに……」


 マティアスと一緒にこの国を豊かにすること。民を愛し、国のために尽くすこと。そのために努力することは、エミーリアにとってはそう難しいことではなかった。

 ただ思い描いていたものが『二人は末永くしあわせに暮らしました』だったからだろうか、ほんの数パーセントでも、そこに第三者が混ざる可能性を考えていなかった。

(もちろん世間には浮気とか不倫とかあるわけだけど、それは互いの努力があればどうにか回避できると思うの)

 愛は永遠ではないかもしれないけれど、永遠であるように互いに思い合うことが最終的には不変の愛になる。


「……でも国には、世継ぎが必要だものね」

 まして今のアイゼンシュタットにとっては最も求められているといっても過言ではない。

 なんとなく、結婚すればそのうち子どもは授かるだろう――なんて漠然と思っていたけれど、コリンナやレオノーラの話を聞いているとそう簡単なものでもないかもしれない。

 子どもができなければ、どれだけマティアスとエミーリアが愛し合っていても周囲は側室を求めるようになるだろう。

 王国の未来に関わることだ。そんなものどうでもいいと無視するわけにもいかない。

(……そうなるかもしれない可能性を、わたくしはまったく考えていなかった)

 考えていなかったから、動揺している。どうしたらいいのかわからない。わからないまま王妃になることが正しいのかもわからない。

 きっと、レオノーラの言うとおり、少なくとも覚悟は決めておくべきなのだ。そうなっても王妃としてやるべきことはやれる、そう周囲に示さなければならない。


「……だいじょうぶ、だいじょうぶよ」


 そういう可能性もある、というだけ。

 そのときに動揺したりおかしな態度を見せないように、今ほんの少し覚悟を決めておくだけ。

 それくらいなら、エミーリアだってできる。それくらい、できないといけない。

 だってエミーリアは王妃に相応しいと選ばれた、完璧な淑女だから。



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