18:美の暴力
……目の前に二人の絶世の美女がいる。
エミーリアはあまりの眩しさに目を細めた。直視しすぎると目が疲れそうだ。
「エミーリア? なにも食べていないみたいだけど具合でも悪いの?」
「あら、大丈夫?」
心配そうにエミーリアを見つめるコリンナ。そしてその隣で首を傾げるレオノーラ。どちらも国を傾けかねないほどの美女だ。
その二人に見つめられたエミーリアはにこりと微笑んで答えた。
「大丈夫です。お気になさらないで。少しぼんやりしてしまっただけです」
そう言ってマカロンをひとつ口に運ぶと、レオノーラは「そう?」と納得したし、コリンナは「こっちも美味しいわ」と違う味のマカロンをすすめてくれた。
レオノーラとコリンナは顔を合わせてすぐに意気投合した。レオノーラが嫁ぐ前に幾度か会ったことはあるだろうが、年齢が少し離れているため深い交流はなかったらしい。
似た性格の二人だ。反発するか仲良くなるかどちらかだろうとエミーリアも予想していたけど、後者だったらしい。
(……正直、お姉様のうつくしさには慣れていたけれど)
そして、レオノーラと顔を合わせることにも慣れた。エミーリアはもともと美形には慣れている。姉を含めて家族は皆うつくしい人たちなので。
だがそれも、二人並ぶと美の暴力だなと思う。
レオノーラは圧倒的な華やかさがあり、その場を支配してしまいそうなうつくしさがある。まさしく大輪の赤い薔薇といったところ。
そしてコリンナの容姿は繊細かつ儚げだが、凛としたうつくしさを持っている。すっと背筋の伸びた姿勢は白百合のようだ。
(画家ならこの二人か並んでいる姿を描き残したいと思うでしょうね……ナターリエ様はどうかしら?)
画家といえばと王太后であるナターリエを思い出したが、彼女もうつくしい人である。三人の美女が揃ったところを想像してエミーリアはちょっと遠い目になった。
自分のことを認められるようになっても、やはり外見のコンプレックスは完全に払拭できるわけではない。ミルクティー色の髪は大好きだけど、目の前のキラキラと輝く金の髪や白銀の髪を羨ましく思わないわけではないのだ。
「二人とも揃いのリボンをしているのね? 見たことがない刺繍のようだけど」
先ほどからコリンナと化粧品の話で盛り上がっていたレオノーラは、エミーリアの髪を飾るリボンに目をとめた。
「ああ、これはゼクレス伯爵の領地に伝わってる文様をアレンジしているんです」
「ゼクレス……北の方ね。私がいた頃にはなかったわ」
「エミーリアが助言して、新しい産業にならないか育てているところですわ」
ふふん、と自慢げにコリンナがそう言うのでエミーリアは慌てて「お姉様」と止めに入る。コリンナのエミーリア自慢は始まると長いのだ。
「あなたが?」
「少々縁がありまして。といっても、最初に少しアドバイスをして、今こうして使っているだけでわたくしはほとんど何もしておりません」
実際に売れるだけの商品にしたこと、そしてそれが貴族の令嬢の目に適うものであったことはオリヴァーやパウラの力だ。
(わたくしはほんの少し、力を貸しただけ)
レオノーラは「ふぅん」と言いながらしげしげとエミーリアやコリンナの髪のリボンを見比べる。
「どんな柄があるのか見せてほしいわ。……娘のお土産にしようかしら」
(そ、それは……!)
とんでもないチャンスでは!?
エミーリアに商才はないが、これが好機であることは嫌でもわかる。レオノーラは隣国の王妃だ。その娘といえば、当然王女様である。
「わたくしが今持っているものをお見せしますわ。王女様は何色がお好きなんでしょう? 今からなら帰国まで間に合わせることもできるかも……」
そう言いながらエミーリアは女官のテレーゼにリボンを持ってくるように命じる。こういうときのために何本か持っているのでそのままプレゼントすることもできるが、せっかくのチャンスなのだからいいものを渡したい。
「娘は……ジュディットはピンクが好きよ。髪は白銀、目は私と同じ色ね」
「ピンクのリボンに紫紺の糸で刺繍したら素敵かもしれませんね」
「あら、でも目と同じ色のリボンがあってもいいと思うわ」
好きな色と似合う色は別だもの、とコリンナが言う。それもそうだ。
「今回はいらっしゃらないんですよね」
「まだ小さいもの。いくら私の祖国でも外交には連れて行けないわ」
成人していない子どもを他国に連れて歩けるわけがない。エミーリアの立場からすると、結婚後には姪になる人だ。会えたら嬉しいがそう簡単なことではないだろう。
テレーゼが持ってきたリボンを広げながらジュディット王女にはどの模様がいいか、色はどうするかと話すだけで盛り上がった。
三本ほどまで絞って、急ぎゼクレス伯爵家のオリヴァーを経由して依頼することにする。間に合わなければあとあとフォルジェ王国へ送るけど、できれば間に合わせて欲しいという多少の無茶も伝えておいた。
きっと依頼を見たら真っ青になるだろう。まさか隣国の王女にプレゼントするリボンを頼まれるとは思ってもいないはずだ。
「こういうお茶会もいいわね。楽しいわ」
レオノーラが肩の力を抜いたようにそう笑う。
(こういうお茶会……)
その言葉に、普段の彼女が背負っているものの重さを感じた。レオノーラは他国に嫁ぎ王妃となった人だ。いろいろとプレッシャーもあるのかもしれない。
「息抜きになりましたか?」
「ええ、そうね。どこかの姉妹は私が仲を持つ必要もなかったし」
揃いのリボンをつけてくるくらいだもの、とレオノーラは意地悪そうに笑う。
特にエミーリアもコリンナも意図したわけではないけれど、傍目にはそう見えているだろう。
「エミーリアと喧嘩をしたかったわけではないんですよ。喧嘩ではありませんけど。最近はちょっとイライラしやすくて……めまいや立ちくらみも多いし、少し疲れているのかしら」
コリンナが苦笑いでそう言った。めまいといい言葉にエミーリアは顔色を変える。コリンナは儚げな容姿をしているが、昔から身体は健康なのだ。そんな彼女が体調を崩しているなら病気かもしれない。
「お姉様、お医者様には診ていただいたんですか?」
「大袈裟よエミーリア。ちょっとだるいかなとか、微熱っぽいかなとか、そのくらいだもの。季節の変わり目だし……」
今は平気だし、とコリンナは笑っているがエミーリアは不安だ。このあと城の医師に診てもらうべきでは……と考えていると、レオノーラがじっとコリンナを見つめる。
「……あなた、それってもしかして、妊娠してるんじゃない?」
え? と言ったのはエミーリアだったかコリンナだったか。
冗談のつもりはまったくないとわかる、まっすぐな目でレオノーラが見ている。エミーリアは混乱し始める頭で妊娠初期の症状を思い出そうとしたが、うまくいかない。コリンナが結婚したときに覚え、そして自分の結婚も近づいて軽く復習していたはずなのに。
「……そう、いえば……?」
コリンナも心当たりがあるのかないのか、あれ? もしかして? という顔をする。
これはまさか、とエミーリアは慌てて医師を呼ぶように指示を出した。




