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わたくし、恋愛結婚がしたいんです。  作者: 青柳朔
第三部

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16:答えはひとつ

 マティアスにとって困惑と動揺の連続だった面会が終わる。エミーリアもリヒャルトたちと同じ馬車で帰ることとなり、それを見送ったマティアスは深く息を吐き出した。下手な会議よりも疲れる。


「はは、お疲れ」


 ヘンリックが苦笑まじりに労ってくる。いつもなら形だけの労いだが、今日はおそらく警護についていたヘンリックも気疲れしたのかもしれない。

「……グレーデン侯爵夫人はあれで納得したんだろうか?」

 部屋に残っているのはマティアスとヘンリックのみだ。そのせいか、つい思うままに疑問を口にしてしまう。

 コリンナはマティアスを品定めしたかったのだろう。今更といえば今更だが、彼女なりにそうしなければならないと思うことがあったのかもしれない。


「いや、納得はしないんじゃない?」

 けろりとしたヘンリックの答えにマティアスは再びため息を吐き出した。

「俺にどうしろと……」

「あれはたぶん、可愛い妹に近づく男は何がなんでも許せない! って感じだろうから何をしても無駄」


 他人事だから楽しんでいるのか、ヘンリックはへらへらと笑っている。助言なのかただの世間話なのかどうかわからない言葉に、マティアスは本気でどうしろというのか、と思いながら冷めた紅茶で喉を潤した。


「おまえ以上の地位の男はこの国にはいないんだし、文句は言えないだろ。向こうだって言いがかりみたいなもんだって自覚しているけど言わずにはいられないんだよ」


 ただの男としてエミーリアを愛しているのか。

 愛しているのなら、それが相手に伝わる努力をしているのか。

 コリンナはそう訴えてきた。その上で、あの最後のたとえ話だ。


「……そういえばおまえ、あのときシュタルク嬢が遮らなかったらなんて答えるつもりだったんだ?」

 ヘンリックは何気ない空気を出しながら問いかけてくる。そのくせすべての神経はマティアスに集中しているような真剣さが残っていて、興味津々なのだと隠しきれていなかった。

 答えと呼べるかどうかわからないが、マティアスはあの問いかけに対する返答は用意していた。エミーリアに遮られて飲み込んでしまったが。


「それだけの情報では答えようがない、とその他の状況を詳しく聞くつもりだった」

「いやいやいやそーゆーことじゃないんだよなぁ!?」

 さらりと答えたマティアスに、ヘンリックはがっくりと項垂れた。


 マティアスとて、ああいう話はただのたとえ話だとわかっている。無邪気に無遠慮にどちらが大切なのかを推し量るために問いかけているだけだ。

 その上で、もっと詳しい状況がわからなければ決めることなどできない、という答えは無粋だということも知っている。しかし国王であるマティアスはたくさんの情報を集め、そのなかから最善を選ばなくてはならない。それがもう身体に染み付いている。なにかとなにかを天秤にかけ、国にとってより重いものを選ぶ。国王になってからマティアスの判断基準は常にアイゼンシュタットにとっての利益が重視され、個人的な感情など挟まなくなっていた。


「国民を選ぶと答えれば、エミーリアを蔑ろにする最低な男だと罵られ、エミーリアを選ぶと答えれば国民を軽んじる愚かな王だと罵られるわけだ。よくできた問いかけだなとは思った」


 どうあってもマティアスは罵られる理由を与えることになる。どちらともを選べばそうじゃないと言われるし、状況をもっと教えろと言えば先ほどのヘンリックのように無粋だと言われるのだろう。


「いや、そーゆーことでもなくない……?」

「なんでもいいから言いがかりをつけたいということではないのか?」

「あー……まぁ、それはあるんですかね……?」

 ヘンリックが苦笑しながら曖昧に同意してくる。

「でも聞きたかったのは、おまえがどれだけシュタルク嬢を愛しているかってことだろ」

 マティアスにはいまいちよくわからない。

 愛しているかどうかなんて、本人に伝わればいい。エミーリアが言っていたとおりだ。他人がマティアスのエミーリアへの愛をどれだけ疑おうとどうでもいい。


「……知ってどうなることでもないだろうに」

 思わずぽつりと本音が零れる。

 そもそも、マティアスがどれだけ言葉を尽くしてコリンナに説明しても、コリンナがマティアスを信じないのなら意味がない。


「安心したかったんだろうさ。可愛い可愛い妹が、どれだけ愛されているのかって」

「それはわからなくもないが……」

 心配になる気持ちはわかる。マティアスが静かに頷くとヘンリックは「えっ!?」と声を上げた。

「そこはわかるのかよ!?」

「いや、動機は彼女とは違う。俺はノーラが離縁されて戻ってこられたら困る」

 だからレオノーラの結婚生活は円満であってほしいし、夫婦仲が良好であって欲しいと思っている。


「そりゃ全然違うわ……」

「国王という立場からしても、他国に嫁いだ姉が出戻るようなことは避けたい」

 ただでさえ王族の離婚はめんどうなものだ。それが国同士となるとなおさら。

 今のところ不仲だとは聞かないから、レオノーラがアイゼンシュタットに戻ってくるようなこともないようだが。


「……それで、結局さぁ。おまえは国民とシュタルク嬢だったらどっちを優先すんの?」

「まだその話題を続けるのか」

 どうやらヘンリックも気になるらしい。掘り返された問いにマティアスは苦笑した。

「だって気になるし?」

 にやにやと笑う友人にマティアスはさらりと答えた。

「そもそも、そんな状況になる前に手を打つ」

 だから答えはどちらも選ばない、というのが正しいのかもしれない。

「いやそれはずるくね!?」

「そう言われても、王妃の命と国民すべての命を天秤にかけるような事態に陥る前に手を打つに決まっているだろう」

「そりゃそうだ!」

 まともな人間なら、そんな異常事態になる前に動いていないわけがない。だから万が一にも、エミーリアがマティアスに決断させる前に命を絶つなんてことも起きない。

 当たり前だ。起こしてたまるか、そんなこと。


「……おまえだったらどうする?」

 雑談の延長で、マティアスはなんとなく問い返した。しかしヘンリックはへらりと笑う。

「いや俺は国民の命なんて背負ってないし」

 それはずるい答え方ではないか、とマティアスは眉を寄せる。こっちには聞いておいて自分はのらりくらりのかわすのか。

「恋人の命か、それ以外の十人の人間の命かなら?」

 ヘンリックの立場で想像しやすい喩えに変える。ヘンリックは嫌な顔もせず「んー……」と考えた。


「そんなくらいの人数なら全員助ける、かな」

「おまえの回答も大概だぞ」

 結局マティアスの答えと大差はない。

「そんなもんでしょ、この手の質問は」

 あははと笑うヘンリックに、マティアスはつまりそれはどちらも守ると答えればコリンナは納得したんだろうかと考えた。


 ……いややはり、どんな回答でも納得してはくれない気がする。



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